水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
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スズカケノキの葉 (3)

保健所での予防接種から幾日か過ぎて、例によって仕切りたがるアサイの提案で、いつもの公園に食べ物を持ち寄って、子どもたちともどもピクニックにしないかということになった。冬だったが気温が高めで晴れの続いていた日だった。

アサイの上の子が子どもの劇団に入っていることから、話が芸能界に及んだとき、ミドリは体をこわばらせた。もしかしてアサイは、ミドリがタレント時代のことを覚えているのではないかと疑った。タレントをしていた頃のイメージはもうないはずだと思っていたが、顔かたちが変わるわけではない。面影から気づかれているかもしれない。動悸が激しくなるのを抑えるのに必死になった。

芸能界は競争が厳しそうなどという一般的な話から、若い頃に好きだったアイドルや有名人を各々話し始めたとき、ミドリと噂になったことのある男性アイドルの名が出た。ミドリは一瞬、息が詰まりそうになった。

「今でも変わらず素敵よね。私、昔から好きだったわ。」

と、誰かが言った。そのときのアサイの一瞬の表情をミドリは見逃さなかった。冷たい目つき。だが、すぐに柔和な顔になって、

「私もデビュー当時からのファンなの。
 コンサートも映画もよく通ったわ。」

と、さりげなく釘を刺すように言った。アサイのほうが濃いファンだと言いたげだ。

「貴公子みたいに上品で、優しくて。
 いまだ独身を貫いているのも、ファンのためなのね。」

そして、

「ああいう優しい人柄だから、
 つまらないタレントや女優との噂が尽きなかったけれど、
 結局、今も私たちに夢を与えてくれてるわよね。」

と付け加えた。つまらないタレントという言葉に棘を感じたのはミドリの気のせいであろうか。何となくだが、ちらちらとアサイの視線が意味ありげにミドリに向けられているようにも思える。

プライバシーまで暴かれる芸能人は、週刊誌ネタにされて気苦労が多そうだとまた誰かが言えば、

「芸能界に入ったらそのくらいの覚悟は必要よ。
 バッシングに耐えられないようでは、芸能界で生き抜けないわ。
 そんな根性のない芸能人なら消えて当然よ。」

と、アサイが鼻を突き上げて笑みを浮かべながら言い放った。それを聞いてミドリの頬が上気して火照ってくる。今度は消えていったタレントの名がママ友たちによって上げられ、その後どうしてるのかしらと盛り上がっていた。ミドリは自分の昔の芸名が出やしないかと気が気ではなかった。

たまりかねてミドリはケータイを取り出して、さもメールが届いたようなふりをして、

「ごめんなさい。
 急にメールで用事があることを知らせてきたので、
 私、失礼します。」

と、ママ友集団に告げた。そして、傍にいたミキを抱き上げ、一礼すると急いで去ろうとした。すると、背後からアサイの呼び止める声がして振り返ると、アサイの子どものドラマ出演の放映日を再度念押ししてきた。

適当に返事をしてその場を去ったが、アサイはやはりミドリの過去を知っているような気がしてならなかった。

(アサイさんは私のことを心の内で笑ってるんだわ。
 根性のない芸能人、つまらないタレントだとバカにしてるんだわ。)

悔しさに目元が熱くなっていくのがわかる。抱かれているミキは母親の腕の強さにもがいていた。

(悔しい。)

腹が立つのと、子育てする親になっても他人に対して隠れて嫌がらせするような二面性を持つアサイに嫌悪感が広がった。嫌がらせにしたって、写真から顔を切り取って送りつけるなど異常なほどの嫉妬に恐怖が蘇る。

ミキがとうとう悲鳴のような声を出し、ハッとしたミドリが腕の力を緩めると、幼子はするすると母の腕から逃れて着地し、そのまま走り出した。ミドリがあわてて後を追うと、ミキはその辺に落ちている葉っぱを拾い始めた。茶色く枯れた葉っぱを収集するのが今のミキのこだわりだった。

早くこの公園から離れてしまいたかったミドリは、ミキをもう一度抱き上げようとしたが、手をふりほどいて夢中になって葉っぱを次々拾い、パッと頭上に放り投げて楽しんでいるのを見ると、

(公園の入り口に近いここなら、
 アサイさんたちのいる所より離れているし、
 見られなければいいか。)

と、連れ帰るのを諦めて、我が子が遊ぶのを眺めた。この公園は街中にあるというのに案外広い。古くからあるせいか、木も大木ばかりで、春になればたくさんの花をつけて壮観になるであろう桜の木々も多かった。

ミドリは大木にもたれかかり、心ゆくまで遊んでいるミキを見守りながら、まだ胸の中で燻る悔しさに耐えかねていた。

どうすればアサイのあの取り澄ました表情を崩せるだろうか。ふっとアサイの子どもにも嫌がらせの手紙を送ってやろうかと復讐心も湧いてきた。そうすればどれだけ辛い、薄気味の悪い思いをするか、アサイにもわかるだろう。自分と同じ目に合えばいい。根性がどれほどのものか確かめてやろうじゃないか。沸々と暗い感情が噴き上がってくる。

嫌がらせの郵便物を送ったとしても、ひょっとして被害届を出されたら警察が捜査するかもしれない。郵便物より、ネットを使うほうがいいかもしれない。いやいや、それでも中傷まがいの文章や画像を載せたら、やはり捜査によって特定されてしまう。

アサイをやり込める手段を考えるのに没頭していたミドリは、いつしかミキを見失ったことに気づいた。大木から離れて辺りを見回したが見当たらない。ミドリは焦った。小走りに一帯を探し、やがて焦りから額に汗が滲みだしてきた。我が子の名を呼んだ。こんなときに、またアサイたちに出くわしたくない。一刻も早くミキを見つけ出さないとと、ミドリは駆け出した。

当のミキは葉っぱをあちこちから拾いながら、母親から離れて先へ先へと進んでいく。低木をくぐり抜け、やがて、公園の入り口からずいぶん離れたベンチのあるスペースにまでやってきたが、それでも夢中だ。ベンチには、中学生らしい女の子が一人ぽつん座っていた。またその近くには、いつぞや出会ったことのある黒猫も陽だまりに丸まって居眠りしていた。

どこにいるのか探し求めていたミドリは、公園から出て行ってしまって迷子になっているのではないか、それとも誰かに連れ去られてしまったのではないか、もし事故にあっていたらと悪い想像ばかりが次々とよぎって、手も足も震えて鼓動がバクバクと激しく脈打つ。

さっきまでの醜い感情を後悔した。アサイへの憎しみに気持ちを奪われたせいで、最も愛しい大切なものをその罰として喪失したのではないかと恐れおののいた。

そんなとき、中学生の制服姿の少女がミキの服の土を払って、何か話しかけているのが見えた。ミドリは愛娘の姿を見て腰が抜けそうなほど安堵した。実際にはミキを見失ってから長い時間ではなかったはずなのに、娘に辿りつくまでとてつもなく長い間、さ迷っていた気がする。半ば茫然とした状態で、ゆっくりと近づいて行った。

少女が幼子の母親らしき人物が近づいてくるのに気づいて、軽く会釈すると、

「かわいいですね。」

とミキのことを褒めた。ミドリも会釈を返したつもりだったが、放心状態でどんな態度をその少女にとったのか定かではなかった。ただ、もう決して我が子の手を離すまいとミキの手を取ろうとしたとき、

「あたしみたいになっちゃダメよ。」

という少女のミキへの言葉かけに、はっと我に返った。改めて少女に見返ると、淋しげな微笑を浮かべ、肩を力なく落とした立ち姿、まるで昔の自分がそこに立っているように錯覚した。

今の呟きがどういう意味なのか問いかけようとしたが、またミキが母親の手から離れようとしたため、後を追っていかざるをえなかった。

ミキを追いかけながら、少女の謎の言葉を考えた。なぜ彼女が昔の自分の姿と重なったのかも。

(ああ、あの子、きっと学校でイジメにあってるんだ。
 学校に行けなくなって、行く当てもなくて、
 きっと孤独なんだわ。)

ミキが立ち止まった。落ち葉を拾ったり投げ捨てたりした。ミドリもしゃがんで意味もなく葉を一枚拾った。

(どうして自分が一人でいなくちゃいけないのか、
 どうしてこんな目にあっているのか、
 あの子はそんなことを思い悩んでいるに違いないわ。
 昔の私のように。)

一枚の落ち葉を指先で回して考えていたとき、ミドリに向かって別の葉っぱが差し出された。ミキがにこにこと笑って、

「ママ。
 はい。
 どーじょ。」

と、拙い口調ながら、大きなスズカケノキの葉を手渡そうとしたのだ。虫食いもなく、きれいな形の大きな葉だ。

「ママのために、
 とびきりきれいな葉っぱを探してたの?」

ミドリは胸が熱くなって、ぎゅっと娘を抱きしめた。アサイへの憎しみで汚れた思いを巡らしていた自分が、純真無垢な我が子を抱く資格があるのかと自己嫌悪しながら。

しばらくそうしていると、どこからか車のクラクションが一つ聞こえた。

「おーい。」

聞き覚えのある声だった。すかさずミキが、

「パパ! パパ!」

と、目を輝かせて叫んだ。ミドリが声の方向を向くと、公園の低い塀の向こう側に車を停めて、窓から身を乗り出すようにしてアキトシが手を振っていた。アキトシは仕事中で、納品先に向かう途中だった。

「この時間だったらミキたちも公園にいるだろうと思って、
 ちょっと回り道したんだ。
 よかったよ、ミキの顔が見られて。
 これでまた働く力が湧いてきた!」

彼はママに抱かれたミキのかわいらしい手を握り、頬ずりした。そして、ミドリの顔をじっと見た後、頭をぽんぽんと軽く叩き、

「じゃあな。もう行くわ。」

と、運転席に座り直した。ミドリは彼を呼び止め、ピクニックに持ってきたラップに包まれたサンドイッチを手渡した。

「合間に食べて。
 余っちゃったの。」

「そうか。サンキュー。
 ミドリ、おまえもちゃんと食えよ。
 腹が減ると気持ちまでひもじくなるからな。」

そして、エンジンの音を唸らせ、遠く小さくなっていくアキトシの車をミキと二人で見送った。

アキトシにはミドリがどんな状況でいたか知る由もないはずなのに、ここで出会ったのは本当に偶然なのだろうかと怪しんだ。頭に軽く触れた彼の手の感触が蘇る。雨の日に初めて出会ったときも、彼は車の中でミドリの頭に手をぽんと置いて励ましたのだ。

いつでもアキトシは、妻のことを見抜いている。心の中まで見抜いている。いつも救いをくれる。たぶんミドリの不安定な感情を彼は察していたのではないか。わざと回り道をして妻がいるはずの公園に様子を見に来たのではないか。

(私の大事な家族。ミキもアキトシも。)

さっきまで一体何を考えていたのだろうとバカらしくて笑えてくる。アサイのことなどもうどうでもよくなった。

(アサイさんの言葉は悔しいけど、
 根性なしと言われても仕方ないわ。
 嫌がらせに負けてちゃ子育てなんかできやしないもの。)

公園でたまたま知り合っただけのママ友の人たちと付き合っていくのは骨が折れそうだが、過去にとらわれずに堂々としていようと決めた。何を言われても動じない自分でいようと。

「お昼のサンドイッチ、食べようか。」

と、抱いていたミキを見ると、いつのまにかすっかり眠っている。公園中を走り回っていたのだから、疲れたのだろう。この辺にいつまでもいて、アサイたちに出くわすのも厄介だ。このまま家に帰ろうとして、ふとミドリは踵を返した。

ミキを見つけた場所に戻ると、そこにはまださっきの少女がうなだれてベンチに座っていた。膝には黒猫が寝そべっている。少女をひとりぼっちにしないよう寄り添っているように見える。

(そうよ。あなたはひとりぼっちなんかじゃないわ。)

ミドリはミキを抱きかかえたまま近寄って、バッグの中から残りのサンドイッチを取り出し、少女に声をかけた。

「よかったら、食べて・・・。」

突然のことに声も出せないでいる少女に、ミドリは、

「負けないでね。」

と言い残すと、その場を後にした。少女には何のことかわからないかもしれないと思いつつ、少女に重なる昔の自分を励ましたつもりでいた。

孤独で辛いときにミドリはアキトシに出会った。偶然の見知らぬ者同士の出会いが、変わらないと思われた生活を変える転機をもたらすことがある。あの少女にも、ちっぽけな親子とのほんの束の間の出会いによって、そうなってほしいと祈った。

眠っているミキとスズカケノキの葉を大事に抱き、ミドリは冬の日差しを輝かしく浴びて公園から外へと進み出た。(終)



    
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ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2014/04/30 08:30 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)