水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
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冬の陽のさす

うららかな日だった。真冬だというのに、風もなく空は晴れ渡り、町の一角にある小さな公園の花壇の傍では朝日に照らされてできた陽だまりに、黒猫が一匹、気持ちよさそうに丸まっている。

黒猫はうずくまったまま目を細めて、地面のあちこちをつついている鳩の集団を眺めていた。耳をピンと立て金色の両の瞳を鳩に集中させてはいたが、動く様子はない。

やがて大きく口を開けてあくび一つすると、前脚をぺろぺろとピンク色の舌で丁寧に舐め始めた。次にきれいにした前脚で耳の後ろや顔を撫で、ひとしきり体の手入れをした後、猫は存分に日の光を浴びた。

そこへ、一人の少女が花壇の傍にある木製のベンチのところにやってきて腰を下ろした。チャコールグレーのハーフコートにマフラーを身に着けた中学の制服姿の少女は、通学カバンをベンチにぞんざいに置き、心をどこかに忘れてきたかのようにうなだれて地面に視線を落としている。

黒猫は日向ぼっこを邪魔されることはないと感じ取ったのか目を閉じて居眠りし始め、少女は猫が近くにいることも鳩が近寄ってくるのも気づかぬふうで長いことじっとしていた。が、遠くから学校のチャイムの音がわずかに耳に届いたとき、はっとして少女は顔を上げ、音源の方向を向いた。

あれは一時間目が終わる合図だ。今朝はとうとう学校をすっぽかしてしまった。今頃自宅には担任の先生から登校していない旨の連絡が伝えられているに違いない。

(学校をずる休みしたことなんてなかったのに。)

チャイムの音の余韻がすっかり消えたとき、少女はふっと細いため息をついた。黒猫は時折ぴくぴくと耳を震わせ、鳩たちは危害さえ及ばなければ黒猫の存在など気にもせず、ほどよい距離を開けて近づいたり遠ざかったりしながら、相変わらず地面をつついている。

少女はどこを見るというのでなく、自分の心のうちを虚空に投影した。空のどこかから聞こえてくる小鳥のさえずりが、母親の説教する声と重なる。

「あなたって子は、どうしてママの言うことが聞けないの。」

「あなたのために言ってるのよ。」

少女はかぶりを振った。そして叫んだ。

「うるさい、うるさい、うるさい!」

その声に、寝そべっていた黒猫が驚いて身構えた。

(ママはあたしを束縛したがる。
 ママの思うとおりにしたがる。)

少女は何かと口を出してくる母親を疎んじていた。勉強も習い事も小さいころから母親が熱心だった。着せられる服も母親の好みだったし、誰と仲良くするか友だちを選んできたのも母親だった。逆に言えば、母のおめがねに適わなければ与えられることも許されることもなかった。

いつの頃からか、母親の接し方に窮屈さを覚え、反抗的になった。母親の言うことに素直に従えなくなり、口答えするようにもなった。しかし返ってくる説教の嵐に勝てるほど少女の語彙は多くない。無言と無視が唯一の武器であり、母の勧めるものを拒否するしか、自らの意志を示すことができなかった。

趣味の合う者同士で仲良くなった学校の友だちのことで、

「あんな派手な子たちと友だちだなんて、
 ママは恥ずかしいわ。」

と、眉をひそめて小言を言われたとき、また反抗心が燃え上がった。

(あたしの友だちのことでママにとやかく言われたくない。)

だが、その友だちに裏切られたのだ。ある日突然、シカトされるようになった。存在を無視されるようになったのだ。おしゃべりの輪に入ろうとしたとき、一斉に避けられた。それだけでなく、いつのまにか机に落書きされていたり、持ち物を隠されたりした。そんな目に合う理由がわからない。訳を聞こうにも近づけば遠巻きにされる。

少女はコートのポケットからケータイを取り出した。メールの着信を示すランプがチカチカと明滅している。開かなくたって中身はわかる。ついこの間まで仲良しだったはずの友人たちからの、中傷だらけの内容に違いない。ここ最近、そのメールで埋め尽くされていた。

(友だちって、何なの。)

酷い言葉の羅列に心が萎え、生きていてはいけない気分にさえさせられる。誰か助けてと叫びたくなる。それでも母親に打ち明けたいとは微塵も思わなかったし、寧ろ、

「あなたのせいよ。
 言うことを聞かないから。」
 
と叱られるのが予想されて、知られたくない気持ちが強かった。

少女はメールの内容を確かめることなく、ケータイをまたポケットにしまい直した。

ひとりぼっちだと感じた。そのままずっとベンチに座り続け、学校から響いてくるチャイムを何度聞いたろうか。

ふと何かが近づいてくる気配があった。2歳になるかならないかの幼い子だ。親は近くにいない。少女には目もくれず、子どもは風に吹かれて散らばっている枯葉を拾って駆けずり回っている。その頬はピンク色で、気に入った枯葉を見てニコニコと笑っている。

(無邪気でいいなぁ。)

葉っぱを拾うのにしゃがんだり立ち上がったり、またジグザグに走り出す子どもを目で追いかけながら、少女は自然と頬を緩ませた。

すると、幼い子どもは勢い余ったのか、つんのめるようにして前に転んだ。反射的に少女はベンチから立ち上がり、駆け寄って子どもを起こしてやった。子どもは泣くより転んだショックのためか目を大きく開いて、そのまま抱き起してくれた人のほうに首をまわした。

「泣かなかったのね。強いね。」

今にも泣き出すのじゃないかと警戒しながら、少女は子どもを励ましてやり、服についた土を払ってやった。そこへ女性の声が離れたところから聞こえ、やがて近づいてきた。この子の母親らしい。少女にすみませんとありがとうを繰り返し、子どもの無事を確かめた。

少女は、女性に、

「かわいいですね。」

と褒めそやしてから、うつむきかげんになり、

「あたしみたいになっちゃダメよ。」

と、幼子に向かって呟いた。子どもの手を取ろうとしていたまだ若い母親は怪訝そうな表情で少女を改めて見た。が、子どもがまた走り出したため、急いで子どもの後を追って去っていった。

少女は一瞬向けられた、幼子の母親のまなざしの意味を考えた。平日の午前中、制服を着た明らかに中学生とわかる女の子が、公園に一人でいることを不審に思われるのは当然だろう。それに、少女の呟きも奇妙に聞こえたはずだ。自分でもどうしてそんなことを言ったのかわからなかった。

ひとりぼっちの惨めな気持ちで少女がベンチに戻ると、一匹の黒猫がさっきまで少女が座っていた場所に陣取っていた。まるで少女を慰めるかのようにしっぽをゆらゆらさせながら、ニャオンと鳴いた。少女は隣に座り、日に照らされて艶々した黒猫の背に手を伸ばして撫でてやると、猫は目を細めて気持ちよさそうにする。

「温かいね。」

猫の体の温もりが、生きていることを実感させた。

「野良なの?
 あんたもひとりぼっち?」

よく見ると首輪がついている。どこかの飼い猫が外に遊びに出てきたのだろうと少女は思った。しばらく猫はしっぽを振るだけでおとなしく撫でられていたが、いつのまにか少女の膝にゆっくりと這い上がって丸くなった。

「縁側で日向ぼっこするおばあちゃんになった気分。」

と、少女はこんな穏やかな日差しの中で猫を膝に乗せた自分の姿を思い浮かべて自嘲気味に笑った。それから、顔を歪めてぽとぽとと涙をこぼした。

(どうしてこんなことになっちゃったんだろう。)

何が原因でいじめにあっているのかわからないし、構いすぎる母への反抗に後悔しているわけでもない。

(あたし、どこにいればいいんだろう。)

自分の居場所が完全になくなった気がした。学校にも行けない、母親がいる家にも帰りたくない。

(どうしたらいいんだろう。)

膝の上の猫の重みと温もりと鼓動を感じながら、物思いに耽っていた。

「あの・・・。」

うつむいていた少女に突然誰かが声をかけた。黒猫がやってきた人間に視線を送る。

「あの、これよかったら食べて。」

少女がゆっくりと顔を上げて、声の主を確かめた。さっきの幼子を連れていた若い母親だった。差し出されたのはおそらく手作りであろうラップに包まれたサンドイッチだ。

よく見ると、もう片方の腕には、さきほどまで元気に走り回っていた幼い子どもを抱えていた。疲れて眠ってしまったのだろう、瞼を閉じて静かに母に抱かれている。

「お天気がいいから、ピクニックのつもりでここで食べようと思ったんだけど、
 うちの子寝ちゃったから、このまま連れて帰るの。
 もしよかったら、食べてくれる?」

少女は反射的に受け取り、おずおずと頭を下げて礼を言った。猫がサンドイッチのラップに鼻を近づけてクンクンと嗅いだ。子どもを抱いた女性は、踵を返して去る際、

「負けないでね。」

と、一言、言い残した。少女は目をぱちくりさせながら、親子の後姿を見送った。

黒猫は匂いを嗅いだだけで、食べ物を欲しがるのでもなく少女の膝から下りた。

「あんたも行っちゃうの?
 ああ、うちに帰らなくちゃいけないのね。」

少女が残念そうに言葉をかけると、黒猫は振り向きこそしなかったが、立ち止まってさよならを示すようにしっぽを揺らし、ぴょんと生垣の向こうに隠れていってしまった。

あとに残ったのは鳩の一群だけで、鳩はいかにも物欲しそうに、ベンチの近くまできて小首をかしげて様子を窺いうろうろと徘徊している。少女はラップをほどいて玉子やハムがはさまれているサンドイッチを一口かじった。喉を通って胃に到達すると、初めて空腹だったことに気づかされ、あとはむしゃむしゃと一気に食べた。

きっとこのサンドイッチをくれたあの女性は、少女がなぜ一人でここに居続けているのか知らないはずだが、折れそうになっているのは勘付いたのだろう。何かはわからないけれど、励ましのつもりで負けないでと言わずにはおれなかったのかもしれない。通りすがりの他人の言葉なのに、今の少女には身に沁みた。

ラップを丸めてポケットに突っ込み、同時にその手でケータイを取り出した。何度も着信しているのは知っていたが、今まで無視していた。通話の着信もメールの着信も履歴にたくさん残っている。母親からも何度もかけてきているようだ。

メールを開いてみた。案の定、酷く汚い単語の並んだ中傷メールばかりだったが、一通だけ違う種類のものがあった。いじめに加担しているはずの友人の一人だったが、なぜ少女が攻撃にさらされているかの内容が記されていた。

なんということはない、或る人気アイドルタレントの悪口を言ったからだというのだ。そういえば、悪口のつもりではなかったが、そのタレントの素行が良くないと非難したことはある。

(あのことだったのか。
 あんな他愛のないことで、
 あたしをこんなに追い詰めてるの?)

いじめに大義などない。ほんのちょっとしたきっかけがあれば、実は前からあの子は気に入らなかったとこぼし始め、同調するムードになり、一斉に攻撃がしかけられる。誰もが自分自身には攻撃を受けたくなくて、気乗りしなくても加担するはめになっていく。

そのメールの最後には、「ごめんね」の一言が添えられていた。いじめには加担したくないけどリーダー格の友人には逆らえないという言い訳にも読める。ただ、わざわざ打ち明けてくれたのはこの友人の心の内で葛藤があるからだろう。

少女は思う。自分だったらどうするだろう、と。これまでの付き合い方から考えると、やはりこの友人のように、積極的にいじめを楽しんだりはしないが流れのまま加担していたかもしれない。

謝られたところでこの友人を許せるかといえばそれはまた別だが、立場が違えばあるいは少女自身も同じことをしたのかと考えると責める気にもなれなかった。

「バカらしい!」

鼻息荒く叫んだ。

(たかがアイドルタレントごときの話で仲間外れにされるなんて、
 ほんとにバカバカしい。)

鳩の一群がときどき一斉に空にはばたいたかと思うと、宙で旋回して、また地上に戻り、地面をつついている。

(鳩はよく群れで過ごせるなぁ。
 いじめってないのかな。)

それからさっきの黒猫を思い出した。たった一匹、気ままに外へ出て、気ままに人に懐き、気ままにどこかへ行く。自由で羨ましく感じた。いや、猫の世界にも外では縄張り争いがあると聞いたことがある。あの黒猫はどこかの家の飼い猫だ。縄張りを主張する他の猫に攻撃されなければいいけどと心配もした。

でも、わずかな間とはいえあの黒猫は、ひとりぼっちの少女に寄り添い、癒してくれていた気がした。あの幼い子どものお母さんも、見ず知らずの少女を気にかけてくれた。

居場所を失って絶望的な気分になっていたが、生きているのも捨てたものではない。ささいなことでいじめに合うなんて、きっと生きていく上で本質的には大したことじゃないんだと思えてきた。

前向きに考え出すと萎れた心が徐々に膨らみ始めた。そして、ケータイに残されたメールを次々と開いては削除した。

(こんないやらしい汚い言葉の攻撃に
 負けてなるものか!)

そんなとき、通話の着信があった。少女の母親からだ。これには出るのを一瞬躊躇った。ぐっとケータイを握り、心を決めて電話に出ると、

「何やってるの!?
 今どこにいるの!?」

と、いきなりの怒号。予想通りだ。だが、その声には焦りや怒りだけでなく、安堵の色が混じっているのを感じ取った。

「ママ、ごめんね。
 あたしもう大丈夫だから。」

「何なの。何があったの。」

「ううん。いいの。ほんとに大丈夫だから。」

少し間をおいて、息をすうっと吸い込んでから、

「今から学校に行く。」

と、きっぱりと少女が言い切った後、電話の向こう側はしばらく無言になった。そして、

「あなたがそう言うのなら、
 ママは応援するわ。」

と、少女にとって意外な反応が返ってきた。母親はいじめに合っていることを知っていたのか知らずに何かを察して告げたのか、それはわからない。娘の感情を逆なでしたくなかっただけの一時しのぎのつもりかもしれなかったが、祈りにも似た響きだったのは確かだ。

少女は電話を切って、ベンチから立ち上がった。今から学校に行けば、午後の授業から出られる。

(あたしは負けない。
 つまんないことを大ごとにして、
 卑怯な真似をするなんて友だちなんかじゃない。
 あたしは平気。一人になったって平気!)

呪文のように何度も唱えてから、カバンを持ち、ベンチから遠ざかる。一歩一歩、決意を確かなものにするようにしっかりと地面を踏んだ。

鳩たちが少女の歩みにあわてて避けていく。胸を張って学校に向かう少女の後姿を生垣の中から黒猫がのぞいて見守り、やがてそれも見えなくなると、少女がさっきまでいたベンチに飛び乗り、大きなあくびをしてから丸くなった。冬の柔らかな陽が黒猫に心地良いまどろみを与えていた。


    
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ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2014/02/26 08:00 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)