水色書架

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勾鱗奇譚 (45)完

昼食にパンでも買ってどこかの空き教室で食べようと、学内のコンビニに向かう途中、ソウシはミノリに会った。柔道の大会以来、初めて顔を合わせる。なんのためらいもなく、彼女はまっすぐにソウシのところへ駆け寄ってきて、学食で一緒に食べようと彼の腕をとり、有無を言わせず強引に連れて行った。

雷雨で外に出られないせいか、いつも以上に学食は学生たちでごった返している。一人でいるのが常になっているソウシには、滅多に来ない場所だった。

「惜しかったな、決勝。」

どうにか確保した窓際の二人掛けの狭いテーブルに着くなり、ソウシがミノリに言った。彼女はさばさばした表情で、

「まあ、あれが実力だからね。
 悔しさをバネに精進するわ。」

と、過去のことと割り切って答えた。大会で勝ち進んで決勝に臨んだ試合もソウシは見守っていたが、準決勝以上にハラハラする展開だった。ミノリの動きは準決勝より良かったが、対戦相手もさすがに勝ち抜いてきただけあって、ミノリのペースに持ち込むことができず互角で、結局判定により優勝を逃したのだった。

「ところでさ、またあの髭親父さんと会ってきたんでしょ?
 どうだったの?」

ミノリはそれが知りたかったのだ。応じてソウシは話して聞かせた。日常とはかけ離れた話を学生たちで賑わう学食の一角で、自然に話題にするのも妙な感覚だった。

「へぇ。わざわざ土をもらってきて、奉納したの。
 大変だったね。」

ミノリも風変わりな話を当たり前のように受ける。事情を知った者同士だから通じ合う心地良さをソウシは秘かに味わった。

「その土、ご利益あるのかな。」

と、のどかにミノリが言えば、

「言っとくけど、甲子園の土じゃないんだからな。
 勝手にどこの神社の土でも持って帰っちゃダメなんだぞ。」

と、ソウシがすかさず注意した。

「あの土は水地神社に移ってきた分霊の里の土で、
 神霊に土地に馴染んでもらうためのものだから、
 個人的なご利益とは違うんだ。」

「わかってるわよ。そんなことしないもん。」

ミノリは叱られて口を尖らせた。

「ああ、でも、河原の石は持って帰ってきちゃったけど。
 ほら、ペイントしちゃった。
 どう?」

ミノリがバッグから取り出してテーブルに置いたのは、勾玉の封印を解くのにも使った石だったが、かねてから彼女がペイントするつもりでいたヒヨコの絵が描かれていた。

「ふうん。
 うまく描けてんじゃん。」

「でしょ!
 自分でも会心の出来だと思うのよ。」

ミノリは褒められて素直に喜んでいる。可愛い物がほんとに好きなんだなと思いながらもソウシは、ヒヨコの石より、箸を持つミノリの手につい目がいってしまう。丸くてぽっちゃりとした手だ。その甲には赤ちゃんの笑窪のようなくぼみが四つ並んでいて、彼はそれが気に入っているのだ。

「あのさ。」

食べるのを中断して、おずおずとミノリが言いかけた。

「ありがとう。」

突然、思いがけなく礼を言われて、ソウシも食べるのをやめ、何のことかと聞き返した。

「メールに応援メッセージの返信くれたでしょ。
 嬉しかった。」

ミノリの頬が赤らんでいるのに気づくと、ソウシまでもが何だか落ち着かずにそわそわした。

「それに、試合会場にまで来てくれた。
 まさか来てくれるとは思ってなかったからさ。
 アマノ君の声援が聞こえたときビックリして、
 でも、あれで自分を取り戻せたの。」

「俺の声、ちゃんと聞こえてたんだ?」

あちこちから声援が飛ぶ中で、来ると予想もしていたはずはなかったソウシの声を聞き取れたのかと驚いた。

「うん。
 っていうかね、
 最初、祖父かと思ったのよね。」

ミノリの祖父も柔道家だったが、すでに他界しているとミノリが説明した。

「祖父からよく、『呼吸を合わせろ』って指導されててね。
 試合中、その言葉が聞こえてきたから、
 てっきりあの世にいるはずの祖父に怒られたんだと思った。」

そう言う彼女は、懐かしむような優しい表情になった。それでソウシは、応援席にいたときに隣に座っていたのがミノリの祖父の霊だったのだとわかった。

「でも声が違ってた。
 アマノ君の声だとわかったら、
 なおさら心強くなって気分を変えられたのよ。」

「え、俺が? なんで?」

まったく予想外の言葉にソウシはメガネの奥の目を大きく見開いて、まじまじとミノリを見つめた。彼女はますます顔を赤らめて、

「いや・・・だってさ・・・」

と、口ごもった後、

「陰陽師が見守ってくれてるんなら、
 百人力でしょ。」

と言ってから照れ臭さを隠すためか高らかに笑った。

「陰陽師って言うなって!」

真顔で聞いていたソウシが呆れて返した。そして二人で笑った。ミノリと一緒にいると気が置けなくて楽しいと心からソウシは思えた。

「ほんとのところ、
 私にはなにか守護霊がついてるのかしらね?
 アマノ君には何か見えてる?」

そういえばソウシも不思議だったのだ。メガネが壊れてからずっと裸眼のままミノリと過ごしていたときでも、一度も彼女の背後に霊体らしきものを見たことがない。無論、彼自身が霊視しようと試みたことがなかったせいもあるが。ミノリに尋ねられて、試しにメガネをはずしてみた。特に何も見えない。敢えて、ソウシは口には出さず、念だけで語りかけてみた。

するとぼんやりと霊体が現れ始めた。その向こう側は学食でたむろしている学生たちが透けて見える。

「孫には自らの強い意志で道を切り開くよう常々言ってきた。
 ミノリのことはいつも見守っている。
 そう伝えてくれ。」

聞き覚えのある姿と声はまさしく柔道の大会会場でソウシの隣にいた老人だった。厳しさと同時にミノリと同じまっすぐな信念の持ち主というイメージも伝わってくる。その老人のさらに後ろにはいくつかの守護的存在の霊が見えてきた。どれも皆、己に厳しい、だが優しさも情も深い霊ばかりだった。

ソウシはミノリに老人の言葉をそのまま伝えた。ミノリの守護霊はミノリを信頼している。だから、姿を現してまで何かメッセージを残すつもりはなかったらしい。

一方で、ミノリには立派な守護霊がついているのを知って、ソウシは羨ましく感じた。彼自身にはどのような守護霊がついているか見ることができない。すると、少し前に進み出た老人が告げた。

「君にもご先祖がついておられる。
 神霊の守りも働いている。
 あまり卑屈にならぬようにしなさい。」

この老人は言葉少なだが重みがある。さすがにミノリが仰いでいる人物だと感じ、ソウシもつい頭を垂れたとき、突然、彼の手にミノリのぽっちゃりした手が触れた。

「もういいよ、アマノ君。
 霊視し続けると、体力なくなっちゃうんでしょ?
 メガネかけて。」
 
気遣わしげにミノリが言うのをソウシは、

「いや、このくらいだったら通常のことだし。」

と言いながら、あまりに真剣な様子を見て笑いたいような、嬉しいような、くすぐったさを覚えた。

 こいつはほんとにいい奴なんだな。

外はいつのまにか雨が止んでいる。通り雨だったのだ。ガラス窓から見上げると、暗い雲は薄れ、東へとなびいて流れていく。その切れ間から光が照らし出された。ソウシの目に映ったのは、光差す切れ間に向かって立ちのぼる白っぽく長いものだ。

「あれは・・・。」

と独り言を言うと、ミノリも同じ方向を注意して見た。ソウシが目を細めてよく見ようとすると、うねるようにしてそれは雲の間で見え隠れした。メガネをかけ直したが、もう何も見えなくなっていた。

「龍。」

そう呟いたのはミノリだった。

「見えたのか?」

霊感など縁のないミノリにも見えたのかとソウシは少なからず驚いて、声が大きくなった。

「あ、ううん、見間違いかもしれないけど、
 日の光じゃなく雲でもない何かがそっちから上へ。
 龍かなとふと思っただけ。」

と言って、ミノリはなぞるように空を指差した。ソウシが目を向けていた方角と一致する。もし彼女にも見えたのだとしたら、あの神聖な泉に棲む蘇りの鱗を継いだ主が、何か影響を及ぼしたのかもしれない。あのとき以来、ソウシの霊感にも変化があったからだ。

相変わらず、裸眼でいれば街のそこここにいる地縛霊も浮遊霊も見えてしまうが、以前のように彼にすがりついてくることがぱたりとなくなった。おかげで夜の睡眠を邪魔されることもなく、彼の健康もすこぶる良くなった。

ミノリの背後でひっそりと守護している彼女の祖父の霊がさっき言っていたように、神霊の守りがついているなら、泉のある山での出来事がきっかけとしか思えない。そして、それが妖しの霊や恨みの念を遠ざけてくれているに違いない。

「アマノ君が話してた龍とヤエさんって、
 勾玉の封印が解けてから、巡り合えたのかしら?」

箸を再び動かしながらミノリが尋ねた。女の子はこういうロマンティックな展開が好きだなとソウシは思ったが、封印を解いたときに見上げた空には、人を乗せた龍のような雲がかかっていたのを思い起こし、

「たぶんな。」

と答えた。

名前をかわすことで契りを結んだと、人間の男のなりをした龍が言っていた。巫女の力をもつ娘ヤエは神と人との間を仲立ちする特別な存在だったのだろう。しかし、あの龍にレンという名があるのも奇妙だった。

「きっとその名は、
 ヤエさんとやりとりするためだけの名だったんじゃない?
 他の誰にも呼ばれることのない名でしょ?」

ミノリもソウシの話に合わせて、懸命に頭をひねって言った。

「かりそめの名前ってことか?」

「うん。本人確認の印鑑みたいなものでさ。
 秘密の共有っていうか。」

誰かが彼ら二人の会話を聞いているとしたら、証明書類の書き方について語り合ってるように見えただろう。ソウシもさすがに、真実のことはわからない。

不意に彼の脳裏には、あの泉がある場所の地形が浮かんだ。いくつもの山々が重なり、豊富な水のある森。

「連山のレン・・・かもしれないな。」

あるいは、うねる長い胴体のことと山々とをかけた名だとも考えられる。しかし想像の域を出ない。蘇りの鱗を継いだ泉の主が、龍に成り代わっていくかどうかも、人智の及ぶところではない。遠い目をしてガラス窓の向こう側に霊視したときの龍とヤエを描いていたが、これ以上考えるのは止すことにして、ソウシもミノリも食べることに専念した。

二人が昼食を終えた頃、いつのまにか賑わっていた学食には学生たちが少なくなっていた。雨が上がって、外に気分転換を求めて出ていったのだろう。食器を片づけて彼ら二人も学食を後にし、戸外に赴いた。雨上がりの空気は清々しい。

「ねぇ。今度またアマノ君のとこに、遊びに行っていい?
 やりかけのゲーム、終わらせたいんだけど。」

ミノリが何気なく尋ねた。ラスボスが倒せないとソウシに泣きついたあのゲームだ。ソウシはすぐには答えられず、口を開くまで時間があった。

「構わないけど。
 俺でいいのかよ。」

そう言われてきょとんとしているミノリに、ソウシはさらに、

「俺みたいな面白みのない男のとこなんかに来なくたって
 ゲームなら他の誰かでも・・・。」

と、彼女から顔を背けてそっけなく言った。ところがミノリは、

「またそうやって卑下する。
 もっと自信持ちなさいよ。」

と檄を飛ばしたうえで、彼の背中を威勢よく押した。そのため、ひょろひょろしたソウシの体が前につんのめった。

「だいたいねー、
 アマノ君が卑下するんだったら、
 マドカみたいな美人でもない私だって
 卑下しなきゃいけなくなるでしょ。」

「だけど、ミノリは立派に柔道やってるじゃんか。
 俺なんか、ダサいし、なんも持ってないんだぜ。」

ソウシは自虐的だとつくづくわかっている。ほんとうはミノリが気軽に彼に話しかけ、誘ってくれることを幸せに感じているのに、素直になれないどころかどんどん自身を追いこんでしまう。ミノリは憤然とし、鼻で大きく息をすると、

「あーーー、投げ飛ばしたい!」

と叫んだ。そして、本当に背負い投げしそうな構えになって、思わずソウシはたじろいで飛びのいた。ミノリが睨みつけている。何事かと他の学生たちが彼らをよけて通り過ぎていった。

「いいって言ってるでしょ!
 それとも、アマノ君のほうで迷惑に思ってるの?
 だったら・・・、」

最後まで彼女が言い切る前に、ソウシは即座に否定した。彼の心の奥底にずっとたまっていた言葉が喉から出かかって止まっている。今なら言えるかもしれないと、思い切ってソウシは臍の下の丹田に力を込め、ミノリの目を正面から見た。

「家でゲームもいいけど。
 俺と今度、デート・・・してくれる?」

唐突な展開に、ミノリの体が硬直した。メガネの奥の瞳が逸らすことなくまっすぐミノリを捉え、顔が上気しているのがわかると、彼女まで体温が上昇していくようだった。

ミノリが動いた。ソウシを投げ飛ばす代わりに、彼の腕を取り、

「嬉しい!
 どこにデートに行く?」

と無邪気にはしゃいだ。言葉の駆け引きが苦手なソウシは、いつも直球で返してくれるミノリに救われていると感じて安堵した。暗雲がすっかり遠ざかり、日の光が濡れた地面を照らし輝き出す。ソウシの心を象徴しているかのようだった。

   (完)



長らくお読みいただきましてありがとうございました。(作者:水之木鈴)

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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/05/02 18:16 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)