水色書架

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勾鱗奇譚 (42)

鎮守の森でひときわ大きく、立派な注連縄が架けられた常緑樹の大木が、天を突き抜けるようにそそり立ち、さわさわと上空の風に枝も葉もなびいているその佇まいは、厳かで神々しい。古い社の中のご神木だ。ソウシは今、その前に立って見上げている。

この社、この鎮守の森に立ち入るのは何年ぶりだろうと懐かしく思い起こしていた。初めてここに連れてきてくれた彼の祖父は、彼が高校生のときに亡くなった。葬儀のため里にはやってきたものの、喪中で社を訪れることはできなかったため、それより以前だったはずだ。

ヤエという巫女はこの里で生まれて、この社の水で育ったと霊視したときに知った。社にある手水場の水は、霊視した時代のものとは違っているが、今もこんこんと地下から湧き出している。この地は戦火を免れたのだ。森は荒されることなく、社は小さく古いが、村の人たちによって手入れされていた。

深く根を張り、枝を拡げ、悠久の時を経てこの地を守る神々の依り代となってきたご神木は、神の姿そのもので、麓に立ち尽くすソウシを見下ろしているかのようだった。昔、祖父と連れだって眺めた幼いソウシは、この樹に圧倒されたものだった。今でも触れることすら畏れ多い気がする。

ここに来るまでに彼は、この地の郷土資料館に立ち寄ってきた。資料館といっても、空き家を改造した民家のような建物だったが、掘り起こされた遺跡から出土した土器や割れた瓦など展示されていて、その中には翡翠や瑪瑙などの玉や研磨された石もあった。古代の豪族の持ち物だったようだ。中世にここを治めていた代々の領主の資料もあり、甲冑を作る職人を抱えていた記述を見つけた。戦の波が押し寄せるこの時代にヤエの父は甲冑の細工師として領主に仕えていたのだろう。

ソウシはメガネをはずした。ここは神域、妖しの霊は近づくことはできないため、安心して裸眼で過ごせる。緑の濃い蔭が彼の視野いっぱいに広がって映る。辺りに漂う空気を肺一杯に吸い込むと、体内のこびりついた汚れが拭われていく気がした。目を閉じればふわふわと心地良く浮いている感覚になる。魂が抜けだしていくあの感覚だ。ソウシはミノリに教えてもらった丹田に気合を込めた。

どのくらいそのままじっとしていたであろうか。もしそこに誰かがいてソウシの様子を見ていたら、ご神木とお社を前に畏れを抱いて立ちすくんでいるように見えただろう。彼は目を開け、持っていたバッグからいつも塩を包んでいた和紙だけを取り出し、ご神木の根元にある土をすくって紙に包んだ。立ち上がって、恭しく四方に向かって礼をし、ソウシはまたメガネをかけるとそのまま鎮守の森を後にした。

次に向かう先は決まっている。ソウシが遭難した泉のあるあの山だ。ソウシはあの山の管理人の男と心ならずも連絡を取り合うようになってから、男に依頼されたことがあったのだ。

「アルバイトだと思って頼まれてくれんか。
 バイト料ははずむ。」

男がそう言った。男はソウシの霊視した話すべてを受け入れ、信用し、その上で神社の宮司や村の重鎮に説明し、ほったらかしになってしまっている沼や鬼門について何らかの対策をとることにしたというのである。ソウシは、

「僕の話を皆さん信じているんですか?
 ほんとうに?」

と、かなり懐疑的に尋ねた。助けてくれた青年団の者たちの反応も微妙だったことを思い返すと、よそ者に村のことでとやかく触れられたくないと考えるのが普通だと思ったからだが、髭の男は、

「おまえさんの話をというより、
 わしが信用されてなかったんでな。
 説得するのに骨が折れたわい。
 だがまぁ、もともと都会の者よりは信仰が篤い分、
 何もせんよりはしたほうがいいと思わせるのは難しくなかった。」

と答えた。そして、

「調べてみたことがあってな。
 おまえさんを信用に足りると見込める理由が
 一つ見つかった。
 後で、画像を送る。
 あんたがどう判断するかわからんが、
 わしはこれで確信したよ。」

と言い残した。その後、ソウシのパソコンに画像添付のメールが送られてきた。山奥で文化的とは言い難い生活をしていそうだっただけに、髭の男からメールアドレスを聞かれて意外な気がしたものだが、送信されてきた画像を開いたときにはもっと驚いた。メール本文には、改めて沼周辺を調べたときに、土から顔を出していた壊れた碑を見つけたとあった。土中から出てきたものらしく、村人も宮司も、土砂崩れ以前にそのような碑はなかったという。そこに刻まれていた文字はほとんど判別できないほど劣化していたが、亀裂が入ってはいても読める字があった。

 ”五”、
 ”百”、
 ”重”。

 五百重・・・?

 まさか、これは、
 イオエと読むのでは。

ヤエの手元で育った少女の名ではないかとソウシは思ったのだ。髭の男もすぐにわかったに違いない。珍しい名ともいえないが、決してありふれた名でもない。イオエは存在したのだ。ではヤエもきっと存在したはずだ。

そのメールから数日たって、再び男から連絡があった。五百重はやはり女性の名で、昔のこの地域の領主に嫁いだ人だということも、村の古い文献や檀家の寺が預かっていた過去帳を紐解いて判明したとのことだった。多くの子を産み、育てたらしいこともわかった。

 じゃあヤエさんの願いをイオエは受け継いだんだ。

夢のようにつかみどころのない霊視が、こうした資料で確かめられると現実味を帯びて、ソウシは深く感動した。髭の男がだいぶ熱心に動きまわり、ソウシの話にある程度の証拠固めができると、村の者たちのほうも疑っていたことを忘れ、にわかに知られざる新たな逸話に活気づいた。これで沼やその周辺を整備する方向に向かいそうだと男が言った。

祖父の里から例の泉のある山まで半日がかりで旅をしなくてはならなかった。やっとギプスをはずしたばかりの左足で、無理をしたくはなかったが、アルバイトだと思えば気合も入るというものだ。夏休みはもうすぐ終わる。

電車を乗り継ぎ、ゴトゴトと揺られる車中で車窓に肘をついて居眠りしていたところに、彼のケータイにメールが着信した。ミノリからだった。あさっての日曜日に、柔道の大会に臨むとあった。彼女は、ソウシの部屋を訪れた日から程なく大会に向けての猛特訓が続いていて、夏休みを満喫するどころではなかった。

[勝利を祈ってて!]

と、メールの結びにあった。試合の前の緊張感が、可愛い絵文字入りのメールであっても伝わってくる。ソウシはすぐに返信を書いた。彼のメールは他の熱烈に応援する仲間たちに比べれば大して励みにもならないだろうが、真剣に応援したいと思った。

[全力を出し切って戦えるのを祈ってる。
 がんばれ!]

送信ボタンを押した。すぐにミノリからありがとうと返ってきた。ケータイを懐にしまって車窓から遠くを見ると、もう目的の場所が近づいているのがわかった。山々が連なっている光景が広がっている。

駅に降り立つと、パワースポット目当てに若い観光客たちも地図を確かめて、バス停の前でたむろしていた。そんな中、見覚えのある髭の男がソウシを出迎えた。あらかじめ連絡を入れておいたため、電車の到着時刻まで待っていてくれたのだ。

「悪かったな。足労をかけて。」

髭の男が言う。不思議な縁だとソウシは思った。あのゼミ合宿で、肝試しについていったがために、転落し遭難した。たったこの一件のことがなければ、この男と出会うことも、関わり合うこともなく、またこの地にも再び来ることなどなかったのだ。導かれるような偶然というものが、この世にはあるのだと彼はしみじみと感じていた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/04/18 18:25 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)