水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
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勾鱗奇譚 (40)

ミノリがソウシに会いにわざわざやって来たのは、単純に、或るゲームの攻略方法の教えを乞うためだった。病院で車椅子に乗っていたソウシに付き添っていて、勾玉について話し合っていた髭の男と別れたとき、彼女は唐突にこう言った。

「アマノ君はゲームが得意なんだよね?
 自己紹介のときに言ってたでしょ?」

あのとき、ソウシにはどういう意図があってゲームの話が出てきたのか、全くわからなかった。勾玉や泉や沼、それに関わる霊異についての深刻な話しかしていなかったのだから。ソウシが確かにゲームは得意なほうだと答えると、車椅子の前にひざまずくようにしてミノリが、

「お願い!助けて!」

と切実に拝んで頼むため、訳も分からずソウシは条件反射的に応諾した。何のことはない、それまでの話の流れなど関係なく、ミノリはずっとソウシに頼みたいことがあって打ち明ける機会を模索していただけだった。それが、今日の訪問に繋がっていた。

後で冷静に考えれば、呆れて拍子抜けするほどだったが、とにかく、ゲームならソウシもお手の物で気も楽だ。

「このゲームのラスボスがどうしても倒せないのよ!」

と、ミノリは弱ったように目尻を下げた。弱ってるというよりは、笑ってるように見えるのがミノリの愛嬌だとソウシはおかしかった。ソフトを受け取ってタイトルを見てから、

「なんだ。
 こんなの小学生だって軽くクリアできるゲームじゃねーか。」

と、珍しく居丈高になると、彼女は丸顔の頬をさらに膨らませて、

「コツがわかれば倒せると思うのよね。」

と負けん気を滲ませた。てっきり格闘ゲームかと考えていたソウシだったが、意外にもダンジョンを冒険するゲームでキャラクターが可愛い。武道をやっているわりには女の子らしいグッズを好むミノリだから、キャラクターの可愛さに魅かれたのだろう。さっそく準備しゲーム画面を開いた。

「なんだよ、これ。
 アイテムがお粗末過ぎる。
 なんでもっと強いのを揃えないんだよ。
 これじゃラスボス倒すのに時間かかるぜ。」

と、ソウシがキャラクターの装備にあれこれ文句をつけ、ミノリは、

「えー、だって、・・・」

と言い訳を繰り返した。かと思えば、ソウシによって操られるキャラが敵を簡単に倒していくのに興奮して奇声も上げている。徐々に強い装備に変えられていき、ラストステージに出てくる最大の敵を倒すために有効で強力なアイテムもゲットしていった。

「ここからはおまえがやれよ。
 よっぽどのヘマをやらかさなきゃ勝てるはずだからな。」

そう告げてコントローラーをミノリに渡し、ソウシはゆっくりと立ち上がり、キッチンへ行って飲み物を漁った。ゲームのBGMとキャラクターが動作をするときの音が室内に響く。ミノリは真剣そのもので画面に集中してコントローラーを動かしている。

ソウシはマドカが持ってきたお菓子の包装を紐解き、皿にクッキーを並べた。

 有名店のお菓子らしいな。
 ネットでも話題になってたっけ。

一つクッキーをつまんでかじりながら、メガネを少しずらしてみた。ほんの束の間だけ、霊視映像が見えた。

 なるほどな。
 クッキーを実際に買ってきたのはミノリか。

クッキーの箱を持ったまま、ミノリがマドカに何か頼んでる姿がちらりと見えた。マドカが憂鬱そうな表情をして、頷く。

 やっぱ、そういうことか。

ほんの一瞬の映像だ。だがソウシには、マドカが礼にきた背景がわかる。ミノリのお膳立てだったのだ。彼はメガネを元通りにかけ直した。霊視なんかしてろくな目に合わないのは重々わかっていたが、改めて惨めな気持ちになる。だが、ミノリの真面目なほどお節介なところが胸に沁みる。

ミノリはゲームに夢中で奇声をあげ、

「やった! あと少しで勝てそう!」

と、画面に食い入るようにして身をのり出した。

 何しに来たんだよ、あいつ。
 俺の部屋にすっかり上がり込みやがって。

ふんと照れくさそうにソウシはミノリにもお茶とクッキーを用意してやると、傍に座ってゲームの状況を観戦した。彼女のコントローラーを操る手はぽっちゃりしているが、腕は筋肉質だ。よく見れば肩だってがっしりしている。ただ太いわけじゃない。鍛えた肉体は、たおやかなマドカとは全然違うことに今更気づいたが、もう一つ大事なことをソウシは思い出して声を上げた。

「ミノリ、おまえ、柔道の練習はどうした?
 ゲームなんかで遊んでていいのか。」

わずかにミノリがぴくりと反応したが、平静を装って、

「今いいとこなんだから、声かけないで!」

と、ゲームをやめる気配もなく、彼の問いに答えるつもりもない。だが、ソウシは、

「待てって!
 ゲームなんかで無駄に筋肉使うな!」

と無理やりコントローラーを横から奪い取ろうとした。途端に、ゲームの中では敵に一撃を喰らわされて、ミノリが動かしていたキャラクターは負けてしまった。大きな声を上げて、ミノリは息巻いて、

「もうちょっとだったのに!」

とソウシからコントローラーを奪い返そうとした。

「ちゃんと答えろ。
 柔道の練習、あるはずだろ!?」

「練習は毎日やってるってば。」

「試合・・・近いんじゃねーの?」

その一言で、ミノリの動きがピタリと止まった。何で知っているのかと言わんばかりに、ソウシをじっと見つめている。彼も知っていたわけじゃなく、試合なんてものは年がら年中あるものじゃないのかと当てずっぽうで言ってみただけなのだが、どうやら図星だったらしい。

ミノリは視線を落として、ため息をついた。

「スランプでさ。
 今度の試合、勝てる気が全然しないのよ。」

と、彼女にしては珍しく弱音を吐いた。練習にはもちろん出ているし、特別に稽古もつけてもらっているが、やればやるほど不甲斐ない自分の実力に気づかされるのだとこぼした。

「気持ちを切り替えなきゃと思って、
 ちょっと柔道と違うことをしたかったんだ。
 このゲームを全部クリアしちゃえば、
 ラスボスを倒せば、
 新鮮な気持ちで試合に臨めるような気がして。」

悪霊も寄りつかせないような健全な肉体と魂を持つミノリにも、こんなに弱気になることがあるのかと多少の驚きを持って、ソウシは励ます代わりにお菓子を勧めた。丸っこい手がクッキーをつまみ、美味しいと言っては次々と口に放り込んだ。食欲は大丈夫なんだなと彼は呆れた。

「おまえなら勝てる・・・って言いたいとこだけど、
 鍛えまくった者同士の戦いだろ?
 俺みたいな、ゲームでのバトルしかやったことない者に、
 安易に言えることでもないよな。
 だけど、こんなゲームのラスボスなんかより、
 ミノリのほうが絶対強い。
 それは保証できるぜ。」

大いに真面目な顔をしてソウシはミノリに伝えた。ゲームなんかに逃げなくても、ミノリならきっと前にぶつかっていけると思えた。まっすぐで素直な心を持つ彼女なら。ミノリはソウシの言葉に、口元を緩めて笑みを見せた。

ソウシは今頃になって気づくのだ。あれほど穢れを嫌い、女人禁制の禁足地への立ち入りに厳しい泉の山の管理人が、ミノリをさほど拒否しなかったのは、武道で心身共に鍛えて磨き上げられているのを見越してのことではなかったかと。また、ヤエが自分以外の女が泉のある山に入ることを禁じていたのは、ミズチが感情に揺れやすい女の性質を好んで憑りつくからだと言っていた。ミノリはそういう意味では女っぽくないのだ。

しかし、今のミノリには自信が持てなくなって迷いがある。

「逃げんなよ。」

後押しするようにソウシがぽつりと言った。

「うん。」

神妙にミノリが彼の言葉をまともに受けた。

「そうよね。
 逃げてるよね。
 逃げてるのを認めることから逃げてた。
 ありがと。」

体育会系の人間はある意味、精神的マゾだとソウシは思った。もし彼がミノリの立場だったら、ひねくれて逃げを通しただろう。あえて厳しい道を選ぶのを拒んだだろう。こんなふうに素直に相手の言葉に耳を傾けるのは、安っぽいプライドが許さなかったかもしれない。だが、普段から自分自身の弱みと戦う習性がついている者は、厳しさの中に身を置くことで自分を取り戻していく。そういう経験がないソウシには、ミノリから素直に礼を言われると気恥ずかしいだけだった。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/04/09 22:35 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)