水色書架

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勾鱗奇譚 (39)

ワンルームマンションの一室ではごおごおとモーターの音が響き渡っている。中古で買った掃除機だが傷んできているのか、吸い込みが悪くなってる上に音がうるさい。それでも懸命にソウシは掃除機をかけた。ギプスをはめたままの左足では思うように動けないため、狭い部屋を掃除するのに時間がかかった。

合宿から怪我をして帰ってきて十日ほどたった。大学の夏休みはまだ半月以上ある。後期が始まる頃にはギプスも取れるだろう。掃除機を納戸に片付け、机の上に置いておいたケータイをとるとベッドの上に腰を下ろした。アドレスやナンバーを交換するほどのゼミ仲間はいない。ミノリを除いては。

ゼミ合宿のとき、それも転落事故の後、ミノリとはずっと一緒だったこともあって、連絡先を教えたのだ。その彼女から昨夜メールが送られてきて、遊びに行くと伝えてきたため、ソウシはあわてて部屋の中を掃除したというわけだ。

 あれでも一応、女だもんな。

女の子と付き合ったこともなく、彼女いない歴は年の数だけ。ゲームが好きなだけのむさくるしい男の部屋に、ソウシから誘ったわけでもないのに女の子が訪ねてくるのは初めてで落ち着かなかった。そわそわした気分で立ったり座ったり、メガネ越しに無意味にケータイを見たり、無駄な時間を重ねたが、インターホンが鳴ったとき彼は飛び上がるほど驚いた。

左足を庇いながらソウシは急いで玄関へ行き、ドアを開けた。その瞬間、驚きすぎて凍りついた。開けてすぐに目に入ってきたのは愛嬌のある丸顔のミノリではなく、ゆらゆらしたいい匂いのする髪と整った可愛い顔立ちのマドカだった。彼女が挨拶すると、ソウシもつられて不器用に口ごもりながら挨拶した。その横にはミノリがにやにやした顔をして突っ立っている。

ソウシは自分でも止められないほど顔が紅潮していくのがわかった。大学構内で会うならまだしも、自室の玄関で顔を合わせるほど気恥ずかしいものはない。

「あの、御礼を言いに来たの。
 肝試しのとき、私を助けてくれたでしょう?
 アマノ君がいなかったら、
 私、崖から落ちてたのよね?
 ありがとう、アマノ君。」

と、マドカは、最初はためらいがちに、だが後は一気に話したという感じだ。ソウシはあたふたと落ち着きなく、そんなことは大したことじゃないとか何とか訳の分からない返答をした。視線を落としたマドカは、ソウシのギプスの足を見て、

「アマノ君こそ、怪我は大丈夫なの?
 何ともない?
 もし大学が始まって困ることがあったら言ってね。」

と、気遣かった。ソウシが中にどうぞとぎこちなく勧めたが、礼を言いたかったのとお見舞いに来ただけだからと、彼に包装されたクッキーの箱を渡し、隣にいたミノリをちらりと振り返った後、そそくさとそのまま帰っていった。箱を受け取ったまま茫然としているソウシは、ぽかんと口を開け、マドカの背中を夢見心地で見送った。

「せっかく来たのに、マドカったらさっさと帰っちゃって。」

ミノリが不満げに呟いたが、ぼうっとしているソウシに向かって、

「例のあれ持ってきたの。
 入っていい?」

と、彼の返事を待つまでもなく、玄関に入ってドアを閉めた。ソウシはどうしていつもミノリが彼の夢の世界をぶち壊すのだろうと内心で嘆きながらも、平常心に戻って、中へ迎え入れてやった。きょろきょろと男の部屋を珍しそうに眺めつつ、

「へぇ。整理整頓されてるねぇ。
 もっとゲームソフトが積み重なって、
 服とかも散らかしてるイメージだったけど。」

と、ミノリは感心したように言った。確かにソウシの部屋は、掃除したてとはいえ、きれいに片付いていた。数多いゲームソフトはきちんと棚に整理され、本棚の本も並んでいるし、服はハンガーに掛けられ、ベッドのシーツもまめに洗うほうなのか清潔な感じだった。キッチンの水回りもピカピカで水垢一つない。

「私の部屋のほうが散らかってるかも。
 あんたスゴイね。
 ちゃんと自立して暮らしてるのね。」

と、ミノリが褒めると、ソウシは、

「俺の場合、部屋は清潔に、風通しよくしてないと、
 変な霊ばかり呼び込むからな。
 知恵だよ。」

と答えた。ミノリは意外な答えに、目を丸くしながらも、ああと声を上げた。ソウシの特殊な感覚は、ゼミ合宿での出来事で嫌というほど目にしてきた。だからこそ、ソウシも彼女には気を許して自然と口をついて出たのだろう。

「メガネ、新しいのにしたんだ?」

ミノリはソウシの顔をまともに見て気づいた。以前かけていたメガネは、崖から落ちたときにメガネのフレームが壊れて、使い物にならなくなった。裸眼で過ごさねばならなかったあのときは、霊との接触を防げず疲労困憊したのをソウシは思い出しながら、

「これだけは早く手に入れたかったんだ。
 メガネをかけてるときは余計なものを見ずにすむんだ。」

と苦笑して言った。似合っているとミノリはお愛想でもなく素直に感想を言った。そして突然思い出したように、彼女はトートバッグのような紐の長い大きめのバッグから、ダンガリーのシャツを出し、ソウシに渡した。

「マドカに自分で渡すように言っておいたのに、
 うっかり忘れちゃって。
 これ、洗っといたから。
 柔道着を洗ったついでだから、
 気にしないでね。」

ミノリが慌て気味に早口で喋った。マドカを崖から助け上げたときに彼女の服が破れていて、ソウシがTシャツの上に着ていたダンガリーのシャツを脱いで羽織らせてやったものだが、それをなんでミノリが持っていて洗濯までしているのかと、問われるのを回避しようとしたようだ。もちろんソウシはその程度のことは見抜いた。

 ほんとにお節介な奴だ。
 マドカが少しの間でも俺のシャツを着ててくれたと
 想像してただけで幸せだったのに。
 要するに、マドカは宿舎に帰ってすぐ脱いだんだな。
 それで、返すのをミノリに頼んだんだな。
 ああ、これが冷たい現実なんだよな。

ソウシは落胆した。とはいっても、どうせマドカがまともに彼に感謝して少しでも好感を持ってくれるとも思ってはいなかったが、自分に都合のいいように想像するのだけは個人の勝手だ。

ソウシはミノリのケータイにある画像でマドカの霊視をしたときに、知りたくなかったことを知ってしまった。キャンプファイヤーで集った仲間たちと一緒に写っていたマドカには、他の誰よりも強い霊が絡んでいたのが見えた。河原で拾った石にしみついた負の念のせいもあるが、彼女には生霊が憑いていた。マドカは別の女と交際している男を横取りしたことがあるらしい。その男のかつての恋人の恨みがまとわりついていたのである。

 生霊の念だけは厄介だ。
 このケースは自業自得というものだし、
 本人が改心するならまだしも・・・。
 肝試しのとき、崖から落ちそうになったのも、
 生霊と浮かばれない霊体たちに導かれたためか。

後になってそれがわかったとき、ソウシはマドカに対して少なからず幻滅を感じた。ただそれでも、生身のマドカを目の前にすると、女らしく優しく、それに、細身のくせにふっくらとした豊かな胸元に魅力を感じてしまうのだ。

 それが男ってもんだろ!

ソウシは葛藤する気持ちに恥じ入りながら開き直った。ミノリはソウシの胸中を知ってか知らずか、何食わぬ顔で、

「で、これなんだけどさ。」

と、トートバッグから取り出してみせたのは、一枚のゲームソフトだった。



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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/04/06 20:25 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)