水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
はじめに
次の小説を構想中です。しばしお待ちを…。

TOPページではブログ仕様で、新着記事順ですが、
【作品リスト】から小説タイトルをお選び頂くと、順を追ってお読み頂けます。
1章ごと《続きを読む》から本文全文をお読み下さい。
【作品のご案内】 ← 作品のあらすじ等は、こちらをご参照下さい。
尚、当ブログ作品の無断使用・転載は禁止しております。

勾鱗奇譚 (38)

検査の結果を医師から聞いたところによれば、ソウシの左足首にひびが入っているほかは特に異常はないとのことで、打撲も擦り傷も軽かったらしい。転落事故の状況を聞いた医師が、よくこの程度の怪我ですんだものだと、逆に驚いたほどだった。猫背で痩せ気味というソウシの体格からして、強靭そうには見えない、隣にいる彼女のほうがよほど強靭だとミノリと見比べてからかった。

「失礼ね、どいつもこいつも、
 あたしを女扱いにしないんだから。」

と、付き添っていたミノリが、ソウシを車椅子に乗せて病室に戻る道すがら鼻息荒く文句を言ったかと思えば、彼には、

「とにかくよかったね。
 松葉杖でなら歩いてもいいし、
 自宅に帰ってもいいってお医者さんも言ってたしね。」

と、朗らかに話しかけた。ミノリは、ソウシが遠慮するのも構わず、嬉々として世話を焼いている。きちんとした診断を聞くまでは彼女自身、納得できなかったのだ。自分のせいでソウシが転落したことに責任を感じているのだから、それも仕方がないことだった。

「ほんとうならとっくに家に帰ってたはずなのに。
 私のせいだね。
 あのとき私がよろけたりしなかったら・・・。」

ソウシの背後からはミノリのちょっぴりしょげた声が混じって聞こえてきたため、彼はすぐに、

「違うって。
 俺が勝手に転んだんだよ!
 それに、こうして足以外はピンピンしてる。
 そんなに自分を責めんなよ。」

と、強い語調で彼女の言葉を否定した。

負い目を背負わせたくないのだというソウシの気遣いがミノリに伝わって、これまで彼のことをいつも陰に隠れて、何を考えているのかわからない暗い男という印象が強かったが、数日間一緒にいて、思慮のある優しい心根の男なのだと認識がすっかり変わっていた。気を良くしたミノリは、

「アマノ君はさ、きっと守られてるんだよ。
 でなきゃ、怪我ですまなかったかもしれない・・・でしょ?
 アマノ君の背後にいる霊・・・、
 守護霊っていうの?
 そういうのは自分じゃ見えないものなの?」

と、全く彼女にはわからない世界の話に触れた。

「他人のはわかっても、
 どういうわけか、自分のことはわからないんだよな。」

無理して話を合わせようとしなくてもいいのにと内心で苦笑しながら、ソウシも素直に付き合った。

「でももし俺に守護霊がついてるなら、
 たぶん、祖父かな。」

幼い頃からよく話を聞いてくれ、可愛がってもくれた祖父が目に浮かんだ。彼の唯一の理解者だった。懐かしい祖父の里を連想したとき、突然ソウシは勾玉を思い出した。彼のズボンのポケットに入れたはずだが、彼の着ていた衣服は全て着替えさせられ、病室の中には服どころか、彼の持ち物は何一つなかったのだ。

ミノリにそれらのことを尋ねるため振り返りかけたとき、病室の前で佇んでいる男がいるのが視野の中に入って、目を細めて確かめようとした。が、ソウシよりも早くミノリが気づいた。

「あ、髭の親父さん!」

泉のある山の管理人の男だった。ソウシは焦った。何しろ、勾玉の持ち主であるこの男が留守の間に、勝手に勾玉を持ち出したのだから。そして肝心の勾玉の在り処が現在わからない。男は勾玉が彼ら二人によってこっそり持ち出されたのを知っているのだろうかと訝しんだ。

動揺を隠そうとソウシは無愛想なほど簡単な会釈だけして、病室に入り、髭の男も後から入ってきて、体の具合を聞いてきたが、寡黙なソウシに代わってミノリが男の質問に答えた。

「そうか。骨にひびが・・・。
 まぁなんにせよ、やっと家に帰れるな。」

男も言葉少なだった。何か言いよどんでいる様子に、ソウシは勾玉のことを黙ってはいられなくなって、持ち出したことを打ち明けた。しかし意外なことに男は、

「ああ、知っとった。」

と事も無げにあっさりと言った。

「神棚に握り飯が供えてあったんで、
 妙だなと念のため確かめてみたら、
 勾玉が消えとった。」

その後すぐに、ミノリが言い訳した。朝食にとコンビニで買ってきたおにぎりの残りを神棚に供えたのは彼女だった。訳も分からずソウシから勾玉を持ってきてくれと頼まれ、勝手に持ち出すのに罪悪感があったため、神様にお許しを願ったのだと説明した。

「なんだ、ねーちゃんの仕業だったのか。」

と、髭の男が呆れていたが、ソウシも初耳で軽い驚きがあった。それから若い学生二人が同時に無断持ち出しを謝った。

「礼儀を尽くしたんなら構わん。
 それで、あの勾玉にどんな用があった?」

髭の男は、大して気にする様子もなく、それより、ソウシの霊感をミノリと同様信じ込んでいて、生半可な気持ちで持ち出したのではないだろうと踏んでいたのだ。

その勾玉の所在がわからなくなったとソウシが言いかけたとき、すぐさまミノリが勾玉を肩から提げている例の小さなバッグから出した。ソウシが病院に運ばれて、清潔な着衣に着替えさせた際に、彼の衣服をミノリが持ち帰り、彼の荷物に詰めようとして、ズボンのポケットに石と勾玉が入っているのに気づいたのだと言った。

ホッと安堵した彼はミノリに礼を言ってから、つややかな翡翠の勾玉を受け取り、じっと見つめた。そしてソウシは二度目の泉での霊視したことなどすべてを二人に語った。

髭の男は丸椅子に、ミノリはベッドに腰掛けて、車椅子に乗ったままのソウシの話に耳を傾けていたが、話し終わると、髭の男が、

「まったく。
 あんたの話は現実離れしとるな。」

と鼻で大きく息を吐き、腕組みをした。信じてもらわなくていいと憤然と言いかけたソウシを制して、

「信じないとは言っておらん。
 わしみたいな鈍感な人間には
 理解の範疇を超えとるという意味さ。」

と続け、ミノリもそれに同意して頷いた。

「それで封印とやらは解けたと確信しているんだな?」

髭の男が尋ねるとソウシはしっかりと肯定し、男に勾玉を返した。男は毛深くゴツゴツした手で上下左右に角度を変え、丁寧に観察し、以前にはあった白い筋目のようなものが確かに消えているのを認め、不思議なことだと呟いた。

「それでこれはどうしたらいい?」

勾玉を指し示した男の問いに、暫し躊躇ってからソウシは、思い切って口を開いた。

「土に戻すのが一番いいと思います。」

「土に戻す?」

髭の男は目を見張って、今耳にした若者の言葉の意味をわかりかねるといった様子を見せた。

「はい。石はその役を終えたんです。
 ヤエさんが持っていた勾玉の石には、
 鎮守の森の社から分霊した神霊が宿り、
 神の依り代になっていたんです。

 そして、龍の鱗と、
 龍とヤエさんの名によって封印され、
 神霊が守られていました。
 でも封印が解けた今、
 勾玉の石は役目を終えた。

 石には意志があるといっても、
 あなたには信じてもらえないかもしれませんが、
 役目を果たすとそれはただの鉱物としての石なんです。」

ソウシの静かな説得はただ男をため息とともに一度は黙り込ませた。乾いた手の平の上の勾玉を転がして眺めながら、男は反論を試みた。

「しかし、この勾玉は翡翠、しかも硬玉で貴重なものだ。
 その・・・売っても、けっこうな額になるくらいな。
 誰かに持っていてもらってもいいのではないか。」

ぼそぼそと男が言うと、ソウシは、

「これをお売りになってもかまいませんし、
 神社でも美術館でも保管してもらってもかまいませんよ。
 僕がどうこう言えることじゃないです。」

と冷静に答えた。そして、

「一つ言っておくとしたら、
 ただの鉱物になった石は、
 誰かが持つにしても、他の人の念を新たに呼びやすいのです。
 欲望が渦巻く人の手に渡れば、石そのものが穢れていく。」

と付け加え、同時にミノリにも目をやった。ゼミ仲間の女学生たちが、パワースポットのこの地域の川なら、河原の石もパワーストーンの代わりになるだろうと持ち帰ったことを暗に注意しているのだ。ミノリはハッと気づいてバツが悪そうにした。

「いわゆるパワーストーンと呼ばれる石も、
 常にパワーを出しているのじゃなく、
 休む時間も必要です。大地の土の中が一番いい。
 外からの念の影響を受けない清らかな場所とか。
 僕が言えるのはそこまでです。」

ソウシの脳裏にはヤエが禊を繰り返し、勾玉とともに自らを浄めてきた姿が浮かんでいた。またミノリは、ソウシが安易に石を持ち帰るなと言った理由が、ようやく腑に落ちた思いで聞いていた。髭の男はといえば、片手でしきりと顎を撫でて思案顔になり、何度も唸るだけだった。



 人気ブログランキングへ ←クリックして頂くと励みになります♪ 

※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/04/03 18:25 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)