水色書架

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勾鱗奇譚 (37)

痛みに集中すれば余計なことを考えずにいられる分、全身から汗が滴るほど耐えるのが辛い。左足を筆頭に、どこもかしこも疼いて、ミノリに支えられていたとはいえ、よく泉にまで歩けたなと思えるほどだった。昨夜転げ落ちて時間はそうたってはいないのだから当然といえば当然で、髭の男に言わせれば命があっただけでも奇跡的だ。

とはいえ、やはりソウシは特異な体質で、担架に乗せられ横になっている間も、たまに通りすがりの霊体が話しかけてくる。漂っているだけの浮遊霊は害がない、地縛霊はやたらと恨み言を聞かせるのが鬱陶しい。体が弱っているときに誘いかけてくる囁きにはゾッとする。彼は心の中で九字を念じた。

 鬼門封じされてない分、
 霊が広がりやすいんだ。

どうしても鬼門を封じなければならないかと問われたら、ソウシには答えられない。この世に生きとし生けるものが存在するように、あの世にも居場所を必要とする霊がいる。人も霊の器であり、器がなくなればあの世の世界のものになる。この世とあの世を完全に隔絶することもまた不可能な話だ。棲み分けているにすぎない。鬼門という方角が霊の通り道になりやすいというだけで封じたところで、霊体との接触がなくなるわけではない。物の怪も精霊も存在している。そもそもソウシが答える範疇を超えているのだ。

ただ、浮かばれない霊になってしまうような人の死を増やさないことが一番だが、それもさまざまな性質の心を持った人がいるだけに、やはりどうしようもない。そこでソウシの亡き祖父の言葉が思い浮かぶのだ。正しく生きている者のほうが強いのだと。

気を紛らせながらいつしかソウシは眠りに落ちたらしい。意識が全く途切れて、気がついたときには、周りが静かだった。目を開けると真っ暗で、ひょっとするとまた幽体離脱してどこか別次元にでもいるのかと考え、足がやけに重く、動くことができないため、金縛りかと思った。だんだん目が慣れてくると、彼の左足はギプスで固定されているのがわかり、見知らぬ部屋に寝かされているのもわかった。窓はブラインドが閉じられているが、おそらく夜で、この状況からすると病院にいるのであろう。

傷の痛み以外にも筋肉痛もあるとソウシは腕を動かして気づいた。ギプスを施されてるということは捻挫ではなく骨折なのかと、ガッカリもした。このまま朝まで寝て待つのか、ナースコールをして状況を尋ねた方がいいのか、静かな室内で考えていると、うっすらと何か白っぽいものが部屋の片隅に浮かんだ。

病院という場所柄、いろんな霊が歩き回ってても普通だとソウシは慣れっこで驚きもしない。別に悪さをする霊ではないからだ。しかし、その白っぽいものがだんだんはっきりしてきた。見覚えのある姿だった。しずしずと床を滑るようにしてソウシのベッドに近づき、姿もよりはっきりしてきた。

 ヤエ・・・さん。

ソウシが目を見張って心の内で呟いたとき、その霊も応えるふうに頷いた。

「御礼を申しまする。」

白衣姿のヤエの唇がそう動いた。

「あなた様のおかげで再び会うことが叶いました。
 思い残すことなく私もゆくことができます。」

その表情は嬉しそうだった。こんなこぼれるような笑みを浮かべたヤエを霊視したのは初めてだった。いつも彼女は凛としていながらも淋しさが漂っていたのだから。

 待って。
 あなたの願いは・・・、
 ほんとうのあなたの願いは、
 龍の命を蘇らせることだったのですか。

ソウシが、背を向けて旅立とうとしているヤエに向かって念じて問うた。彼女は笑顔で振り返ると、そのまま姿全体が薄らいで、やがて消えていった。去る瞬間に、鈴を振る音が聞こえた。彼女が泉で神楽舞をしていたときのあの鈴の音だ。

ヤエはずっと水神の穢れを浄め、鎮めることのみ尽くしてきたのだとソウシは思ってきたが、勾玉の封印を解くときに、はたと気づいたのだ。ヤエは龍のレンに会いたかったのだと。彼女の命を取りとめるために、また、ミズチから彼女の魂を守るために、レンは彼の命ともいえる蘇りの鱗を彼女に継承させた。あのときのヤエの心情は如何ばかりだったか。

そう考えると、神に仕える身として独り身を通し、泉を絶対的な結界で守り浄めてきたのは、蘇りの鱗を新たに生まれてくる幼生の龍に還すためであり、そうすることで封印が解かれ、二つの契りを交わした魂が再会するのではないかとソウシは思ったのだった。そしてそれは当たったのだ。

 泉の主の、あの魚は龍の霊性を持ってた。
 あれが蘇りの鱗を継承していくんだろうな。

大きく息をついて、ソウシは枕にすっかり頭を預け、目を閉じた。

 わざわざ礼を言いに現れてくれたのか。
 こっちもおかげでもやもやした謎が少しはわかって
 スッキリしたけど。
 なんかあっけないな。

つくづく霊に関わるのは御免だと、いつも彼は思う。だが、彼にとって現実と同じくらい身近なだけに、無視しきることができないでいた。

 もし俺も願うとしたら、
 もう余計な霊に関わらず、
 普通の、現実だけの暮らしがしたいよな。

室内のどこかでまだヤエが残していった鈴の音の余韻が残っている気がした。しんと静まり返った中で、なんとなくだが金属の高い周波数の残響を感知したが、あるいはそれは何かの医療機器の音かもしれないと思い直した。

 ミノリが言ってたな。
 あっちの世界とこっちの世界は分けろって。
 意識して分けてたら、関わらずにすむのかもしれない。

うとうととまた眠りの世界に入りかけた頃、

 そうだ、勾玉はどこへ・・・。
 ズボンのポケットに入れたはずだ。
 ミノリの石もいっしょに・・・。
 探さなきゃ・・・。

と思い出し、物の在り処を気にかけながらも、もはや覚醒には引き返すことはできなかった。夢を見ることもなく、また霊異に合うこともなく朝を迎え、看護師に起こされるまで眠りを邪魔されることはなかった。

看護師からは、担架の上で深く眠ったまま、病院に運ばれてきたのだと聞かされた。山の中で遭難したのだから、よほど体がまいっていたのだろうと若い女性の看護師が同情して優しく言った。ソウシの負傷した左足は、骨が折れたのではなく、ひびが入っているとも聞かされた。それでギプスで固定されているのだ。左足だけ高く吊り上げてある。彼の着ていた服は脱がされて、別の病院で用意した着衣になっていた。

これから自分がどうなるのかよくわからないまま、出された病院の朝食をかき込むようにして食べた。思えば、ミノリが持ってきてくれたおにぎりやパンを食べたっきり、何も胃に入っていないのだ。空腹を感じた途端、俄然、食欲が戻ってきた。

そんなとき、ミノリがやってきた。驚いたソウシが間抜けな顔で彼女を見ると、

「アマノ君のことを教授からも任されてるし、
 最後まで面倒みるつもりで、
 宿泊施設でもう一泊お願いして泊めてもらったのよ。」

と、笑って告げた。

 ほんとにこいつって、お節介だよな。

ソウシは呆れたものの、心の底から嬉しかった。見知らぬ土地で、自分とは本来無関係のさまざまな事象と出くわしてきた身では、たとえゼミで会う程度の仲であっても、少なくともこの数日間親しんできたミノリは彼にとって拠り所だった。

山を下りてから、ミノリはケータイで教授に事後報告し、教授のほうからソウシの家族に連絡する手筈をとってもらったと教えてくれた。それに、ソウシに言われたように、河原で石を拾ったゼミの仲間たちには、良くないものがあるらしいから捨てた方がいいとメールして伝えておいたとも言っていた。彼女はほんとうにソウシの霊的な感覚に信頼を置いているらしい。

「マドカにも?」

ソウシが念を押すと、もちろんだとミノリから答えが返ってきたが、返信はまだないとすまなそうに付け加えた。気にするなと彼は励まし、頭の中でマドカの快活で女性らしい姿態を思い浮かべた。憧れの女性ではあったが、知らなくてもいいことまで彼はもうすでに知ってしまっていた。知らないままでいたかったと彼が目を落としたとき、ミノリの、赤ちゃんの笑窪が並んでいるようなふくよかな手の甲が見えて、慰められた気になった。



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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。


ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/03/30 18:25 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)