水色書架

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勾鱗奇譚 (36)

空を見上げながら、龍が去ったと思われる雲の跡を追いかけるように、ソウシは立ち上がりかけた。途端に顔をしかめて、また地面にうずくまった。左足を挫いて痛めていたことをすっかり忘れていたのだ。左足首を押さえながら、歯を食いしばって痛みをこらえるが、呻き声が漏れる。

まだ勾玉を手に捧げたままでいたミノリが、驚いてソウシに近づき声をかけたが、大丈夫と言いつつうずくまっている彼をどうすることもできず、勾玉を一度バッグに入れ、代わりにハンカチを取り出して泉の水に浸し、戻ってきてそれで冷やすようにと渡した。

ソウシは包帯の上から濡れたハンカチを当てて冷やした。患部は熱を持っていてすっかり腫れ上がっているが、水で冷やすと心なしか痛みがやわらいでいく気がして、やっと息がつけた。

ミノリはバッグからまた勾玉を取り出して、しげしげと眺めた後、ソウシに向かって言った。

「さっき、勾玉と石がくっついたとき、
 手がほわっと温かくなった。
 そのあと、何かが通り抜けていった感じがした。
 あれが封印の解けた瞬間だったの?」

ソウシはそうだと思うと言いながら、ミノリから片手で勾玉を受け取り、目に近づけて手の平に転がしながら観察した。白い筋目がなくなっているのを確認すると、やはり鱗が勾玉の表面を覆っていたのだと認めた。泉では何か変わったことがあるだろうかと、顔をそちらに向けたとき、ミノリ以外の人の気配がした。と同時に、雷のような大声も耳に入った。

「やっぱりここにいたか!
 勝手に好き放題入りやがって!」

ソウシを救ってくれたこの山の管理人の男が、ものすごい勢いで迫ってきていた。怒りを買うことは承知の上だったソウシもミノリも、さすがに男の激しい剣幕に恐れをなして、猫のように縮こまった。

「何を考えとるんだ、おまえたちは。
 助けてやった恩も忘れて、
 のこのこと禁足地に足を踏み入れて。
 なんで小屋の中で待ってなかった!」

言い訳する余地も与えず、次々と怒号を飛ばしている男の背後からは、青年団の者たち数人が息を切らしてようやく追いついてきたが、彼らも怒り猛っている男に怯えているようで、そこそこの距離をとって様子を窺っている。ソウシもミノリも平身低頭で何度も謝った。訳を話したところで男の怒りがおさまるとも思えなかったからだ。

しばらくして青年団の若い男が、恐る恐る髭の男を取り成し、ソウシに立てるかどうか尋ねて、体を支えて立たせた。他の者たちが担架を用意して、ソウシを横たえると、狭い山道を下り始めた。ミノリも後に続いた。その間も髭の男はずっと叱り続けていたし、ソウシも謝り続けていた。

途中、ゆるやかなカーブを曲がる辺りで、ソウシは来たときと同じようにそこを横切る霊をまた見つけた。彼はこの事象を伝えるべきかどうか悩んだ。霊の話などすれば、彼を変人扱いするに決まっている。髭の男はともかく、青年団の者たちがどう聞くだろうかと怪しんだ。それでも伝えておいたほうがいいと決めると、

「あの、ちょっと話しておきたいことが。」

と、担架を運んでいる男たちを呼びとめた。

「ここ、ちょうどこの辺、・・・。」

誰もが足を止め、髭の男の小言も途中で止まり、通り過ぎようとしていた霊すらも止まった。その霊がソウシに振り返った。構わずソウシは続けた。

「ここを横切るようにして、
 霊の通り道がありますよ。」

その一言に、男たちが顔を見合わせ、一様に、何を言ってるのかわからないという奇妙な顔つきになった。ぼんやりとした人の姿をとどめている霊もソウシにひきつけられているらしい。ソウシはその霊に対してだけは、手で払うしぐさをし、行っていいよと心の中で呟いた。

それからソウシは男たちに、

「この方向が霊の通り道になってる。
 いわば、鬼門の方向です。」

と、今度は人差し指で方向を指し示した。誰もがソウシの指先を追い、戸惑った挙句、何を言ってるんだ、頭の打ち所が悪かったのかと彼をバカにした。ソウシは、

「鬼門を封じるために
 本来ならこの線上に神社があるはずです。
 でも、俺・・・僕が思うに、
 神社の位置がズレているように思うんですが。」

と続けた。ふとそこで青年団の者たちが真顔になった。思い当たることがあるらしく、互いに目配せをしている。代わりに答えたのが髭の男だった。

「水地神社は確かに、おまえさんが示したように、
 もとはそこにあったんだ。
 つまり、今ある神社の位置より奥まったところにな。」

先ほどまでの怖ろしい怒号とは打って変わって、静かな落ち着いた低い声で髭の男が説明し始めた。もともとは大きな境内でもなく、今のように観光客が来るようなところでもなく、古い社で、村の人たちだけの信仰によって守られている神社だった。20年ほど前に台風や大雨によって土砂崩れが起き、一部を残して土砂に埋まったのだという。ちょうど村の統合の話が出た頃だったため、統合すれば神社を建て直す予算がおりるとの条件で統合が進み、広い敷地で新たな社が建てられた。土砂崩れした場所から離れたところに今の神社があるのはそういうわけだった。

「鬼門を封じていないと都合が悪いかね。」

髭の男が顎を撫でながらソウシに尋ねた。

「ええ、まぁ、僕にはどうしろとも言えませんが。
 ただ、その前の社の裏、もっと奥に、
 沼があったのではないですか。」

ソウシがさらに深く突っ込むと、男たちはぞっとした表情に変わった。よそ者が入ったことのない土地である。なぜ知っているのかと、気色ばんだ声が彼に向けられた。

「奥社と呼ばれたところにある沼だ。
 ひっそりと祠が祀られておった。」

また髭の男がのっそりと答えた。

「神社はともかく、沼が僕は気になります。
 祀られていた場所の沼が、
 もし、放置したままなら・・・
 その、・・・良くない霊たちの溜まり場に・・・。
 霊は湿地に集まりやすいので・・・。」

ソウシが一言一言述べるたびに、男たちの目が厳しいものになっていくのをひしひしと感じる。とうとう青年団の一人が、

「こいつ、みだりに山の中に入って、
 遭難してるのを救われた分際で、
 おどろおどろしいことを言いやがる。」

と罵った。しかし一方で、

「いや、だけど、変なものを見たとか言う者も増えとるぞ。
 こいつのただの与太話でもないかもしれん。」

と言い出す男もいて、山道で立ち止まったまま論争が始まった。

「実は今朝、あんたとは別にもう一人遭難者がいてな。
 自殺未遂で発見されて、どうにか病院へ送っていった。
 それでここに戻ってくるのが遅くなったんだが・・・、」

髭の男がソウシに言った。

「関係あると思うかね?」

男の問いに、

「多少あり得る・・・と思います。」

とソウシが答えた。

「多少とはどういう意味かね。」

「心弱りしている人に対して
 浮かばれない魂が同調して後押しすることもあります。
 それに、水神の荒御霊が穢れるのも
 そういう魂の集まりのせいです。」

「ふむ。それがミズチか。」

深刻な表情の男と、担架の上で淡々と話すソウシとのやりとりをミノリは目をぱちくりさせながら聞いていた。青年団の男たちは薄気味悪そうにしていた。偉そうに何様なんだと揶揄する声も上がった。

 だからこんなことは言いたくなかったんだ。

ソウシは伝わってくる嫌悪の感情にいつものことと慣れてはいるものの、苦い思いでいた。

 俺はもう知らないからな。
 この土地のことは土地の者でやってけばいい。

髭の男がとにかく担架を運べと若い者たちに命令し、奇妙な空気のまま皆黙って歩き出した。髭の男の小屋を通り過ぎ、そこからはさっきより広い道幅の下りが続く。もう何も考えたくなかったし、感じたくもなかったソウシは、目を閉じ、自分の体の痛みに集中した。

痛むのは左足だけじゃない。今まで堪えていたのをあえて堪えずに痛みに身をゆだねると、後頭部も、腕も、背中や腰も、そこここが軋んでいる。声こそ立てなかったが、眉間に皺を寄せ歪んだ表情になった。ただそうすることで、余計な人間の感情の機微も、わずらわしい霊視からも逃れられるのだけが救いになった。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/03/27 18:22 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)