水色書架

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勾鱗奇譚 (35)

ソウシに言われてミノリは肩にたすき掛けにしていたポシェット型の小さなバッグのファスナーを開け、大事そうにハンカチに包んだ勾玉を取り出すと、彼の手に渡した。緑色の重みのある勾玉にはうっすらと白い筋目が入っていて、小さな鱗が重なっているように見える。

日の光でまぶしく反射するため、軽度の近視であるソウシは手の平の勾玉を目元まで近づけてじっくりと観察した。

「それがアマノ君が話していた、
 ヤエさんという巫女の持ち物だったの?」

ミノリもソウシの顔にくっつかんばかりに寄り添って眺めた。ソウシにも絶対的な確信はなかったが、十中八九まず間違いないと思うと答えた。

この勾玉が封印されていて、いつかそれを解く日があり、解いてくれる人が現れるとヤエが言っていた。ヤエが生まれた里にある鎮守の森の中の小さな神社に棲む神霊が封印されているとソウシは信じていたが、封印を解くのにはもう一つ別の意味があるのではないかと思いついたのだ。

鈴を振って蛇祓いの結界を張り、頑なに泉を穢れから守ろうとしていたヤエ。何を守ろうとしたのか、ソウシは考えていた。山全体や村の守護のための祈りなら水地神社を中心に聖域とすればよい。だがそれとは別に泉だけを強固に結界まで張ったのは何のためだったか。ミズチとやりあって、蘇りの鱗をヤエに譲り渡したあの龍は、ほんとうに消失したのか。

ソウシの脳裏に龍の姿を蘇らせた。霊視は視覚として見るほどには鮮明ではない上に、全景を写実的に見るのとも違って、夢の映像に近い。記憶もおぼろげだ。ゆえに彼自身も夢や幻覚を疑っていたのだが、ミズチに憑かれたことによって単なる夢ではないと再認識させられたようなものだった。

「中途半端に放ってもおけないか。
 俺ってやっぱりお節介だ。」

と、ミノリに言うともなく呟いた。

「その勾玉、どうするの?
 何に使うの?」

ミノリも真顔で彼に尋ねる。

「さっき幽体離脱して過去にまで遡ったとき、
 ヤエさんが、勾玉の封印を解かなければならないって言ってた。
 俺がやらなくちゃいけないみたいだ。」

翡翠の勾玉を親指と人差し指にはさんで、ためつすがめつ眺めながらソウシがこぼした。ヤエが龍から受け継いだ蘇りの鱗の一部が勾玉に残されているのなら、封印を解くとはおそらく神霊を解き放つこととともに、鱗も還すということだろう。

 鱗を還すのは、たぶん・・・、

ソウシは今度は泉に視線を向けた。彼の視力ではよく見えないが、霊視のほうでそこにあるべきものを探した。清らかな気に満ちている泉から、別の強い気を感じた。

 泉の主だ。

ゆらゆらとその気が滑らかに動いている。ヤエは弓の先で、邪気のない魂だけをからめ取って泉に送り出していた。無垢で純粋な魂を荒御霊に捧げたともいえる。水地神社の水神でもなく、水神の一部である穢れてしまったミズチでもなく、捧げたのは龍の御霊ではなかったかと、ソウシは推測し結論付けた。

還す先はわかったが、さてどうやって封印を解くべきかと悩んだ。勾玉を泉に浸すことも考えたが、そんな簡単なことで、龍とヤエが名によって交わした堅い契りの封印が解けるとは思えない。

「封印を解くには、何だ。・・・鍵か、それとも刀か。」

一心不乱に物思いに耽り、ブツブツと呟いていたところに、彼の真横にいるのも忘れていたミノリが一言発した。

「弓とか?」

ヤエの持っていた大弓、あれなら確かに何とかなりそうな気がして、いい思いつきだと喜んだものの、

「いや、だけど、弓がここにはない。
 あの神社にあるのか。」

と、ソウシがミノリに聞き返した。が、ミノリは、

「弓は伝説だけで実物は残ってないらしいよ。
 由来書に書いてあった。」

と残念そうに答えた。

「これ、代わりに使えない?」

と、ガッカリした顔のソウシを見て、急いでポーチの中から、水地神社で拝受したお守りのストラップを取り出し手渡した。お守り本体は六角形でその中に弓の紋章が描かれているものだ。

 六角形か。
 泉に張った結界も六つの場所だった。

うまくいくかもしれないという期待を抱いて、ソウシは勾玉の上にそれをかざしたり当てたりしてみたが、何の感触も手ごたえも得られなかった。ダメでもともとと、泉に近寄って水に浸してもみたが同じことだった。

試みがうまくいかず気持ちが萎えてきて、諦めてしまいたいが、ここで諦めれば後で後悔したときにはソウシの手に勾玉はないはずだ。もともと彼のものではないのだから。関わってしまった以上、彼の手で封印を解こうと心に決めた。

ミノリがミノリの流儀でソウシからミズチの憑依を祓ったように、彼も、彼の流儀でやるのが自然かもしれないと思い直し、再び勾玉を手に考えた。

 おこがましいけど、
 ヤエさんは俺に勾玉を託したんだ。
 解けるのは俺だけだと信じるしかない。

ソウシは九字を切るときのように勾玉の鱗模様の面を向けて手刀を切った。

 刀じゃダメか。
 弓なら、やっぱり矢かな。

今度は人差し指と中指だけを立てて矢の先に見立て、勾玉に当ててみた。単純な考えだったが、わずかに反応を感じた。当てた指先がほのかに熱くなったのだ。希望を持って、その動作を何度か繰り返した。しかしそれ以上の反応はない。

「どう、できそう?」

ソウシの邪魔をしてはいけないと黙って見守っていたミノリが声をかけた。彼は首を振って、

「できそうでできない。
 ここからどうしたらいいんだ。」

と、ため息混じりに言った。ミノリに尋ねたところでわからないだろうが、ふと彼女に振り返ったとき、目に入ったものがあった。ストラップのお守りを取り出した際に、バッグの口を開けたままにしていたため中が見えたのだ。そこから泉の気と同じ気を漂わせているものがある。ミノリが河原で拾った石だった。

「その石、ちょっと貸してみてくれる?」

咄嗟にソウシが頼んだ。もちろんミノリはすぐに応じて手渡した。丸みのあるV字型の白っぽい石は勾玉より一回り小さい程度の大きさだったが、泉と同じ清らかな気を放っている。

「そうか。ここの泉の湧水も、
 キャンプファイヤーをしたあの河原に流れ込んでる。
 泉から流れる小川の水に触れていた石なんだな。」

この石のV字の丸くカーブした角の部分を矢尻に見立てたらどうかとソウシは試す気になった。それから思いつきでソウシは勾玉をミノリのぽっちゃりとした手に渡し、そのまま持っていてくれと告げた。彼女は言われるがまま、両の手で捧げ持つようにして勾玉を恭しく載せた。

「俺は祝詞なんて知らないけど、
 うまく封印が解けるように祈るよ。」

右手で石の角を勾玉に向けるように持ち、左手で右肘を支えたまま目を閉じて、少しの間、ソウシが心の中で念じると、ミノリも真似て目を閉じた。

ゆるやかな風が頬にあたる。泉からはまた水音が聞こえてくる。ソウシは目を開け、ミノリの手にある勾玉の鱗模様を弓矢の的に、石を矢の先にある矢尻として思い描き、呼吸を整えてから接触させた。その瞬間、何か柔らかいものが溶けていくような感触が石から伝わってきた。かと思うと体の表面を電流が走ったようにピリピリと刺激し、髪の毛も逆立った。ミノリのほうでも似たような感覚を味わったのか、表情を変え、声は出さずに口を大きく開いていた。

突然、彼ら二人の頭上をつむじ風が起こった。思わず二人は目をつむって地に伏したが、それは泉の周囲の木々を旋回して枝葉を揺らし、泉は波立った。生い茂った草も風の行方を追うようになびいている。やがて上へ上へと立ち上っていき、轟きが遠ざかると消えていった。

あっという間の出来事だったため、二人とも呆気にとられたまま、顔を見合わせ、それから周囲を見渡した。何事もなかったかのように、静かな空間に戻っている。

気づくとソウシはミノリの肩に片手をかけて庇っていて、あわてて手を離し、体を起こした。ミノリも起き上がって、

「今の何だったの?」

とおそるおそる尋ねた。

ソウシはつむじ風が行ってしまった空に目をやった。

「封印は解けたみたいだ。」

ぽつりと答えたソウシの声音は安堵の色を含んでいる。ミノリは彼の視線の先を追った。すると青空には、さっきまではなかったはずの細くうねった雲が遠くまでたなびいており、その形は龍が人を乗せている姿と見紛うものだった。



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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/03/24 18:22 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)