水色書架

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勾鱗奇譚 (33)

倒れたヤエや村の者たちとともに、イオエが山を下りたところまではソウシもはっきりと覚えているが、その後、どういうわけか、何も見えなくなった。暗いのでもなく、かすんでいるのでもなく、突然何も見るものがなくなったという感じだ。遠くの方でざわざわと多くの入り乱れた声だけが聞こえる。

 ヤエさんはあのまま亡くなってしまわれたのか。

ソウシがそう思ったのは、啜り泣く声も混じっていたからだ。ヤエが言い残したとおり、沼の汚れた水や泥をさらい、周辺の木の伐採や祠を建てて祀る儀を命ずる領主の声も聞き分けられた。

やがてはそれらの声も遠のき、全くの無音になった。ソウシの意識は勾玉が封印されていると言ったヤエの言葉を反芻していた。いつか解放せねばならないとも言っていた。

 勾玉の封印って、鱗によるものなのか。
 解放しなければならないのは、
 勾玉に宿った神霊のことなのか。

そして彼女は、いつか封印を解いてくれる方が現れると言った。そのときのヤエの目は、イオエを通して、ソウシの魂にまっすぐ向けられていた気がする。

 まさかと思うが、俺に向けられた遺言なのでは・・・。
 だけど、どうしたら解放できるんだ。

正直なところ、ソウシは途方に暮れた。霊感が強いだけで、たまたま常人には感じられないものを見聞きするが、彼自身には何の宗教的な知識も持ち合わせていない。ヤエほどの神懸かりな儀式などしたこともない。幽霊や下等霊に悩まされることはあっても、神霊に関わったことなどないのだ。そんな大層な人間ではないと自覚している。

現に、幽体のまま、現代にいるはずの生身の体に戻るのもままならない。何の感覚も戻ってこない。何の変化もない。そろそろ彼は焦りだした。もしこのまま異世界に魂だけがさすらうことになったらと、初めてソウシは不安と恐怖を感じた。

 戻りたい。
 俺は絶対戻るんだ。

パニックになりそうな感情を退けて、強く念じた。弱気でいると帰れないと思ったからで、確信はなかった。油断していたが、魂が生体から離脱している間、別の魂が入り込むようなことがあれば、おそらくソウシは戻ることができなくなる。嫌な予感がした。

 落ち着け。
 体の感覚を思い出すんだ。

自由に動かせた四肢の感覚や五感を取り戻そうとイメージを思い浮かべた。やがて風景らしきものが周囲に出現し、それが泉のある場所であることもわかり、ミノリの姿が見えてきてやっと現代に戻ったと安堵した。

ところが、体の中に入った感覚は蘇ってこなかった。倒れている自身の体を見下ろしている状態だ。体に入ろうと試みても素通りしてしまう。

 別のものが俺の体に入り込んでる!

悪い予感は当たっていた。横たわっているソウシの本体は苦しそうに呻いていて、ちょうどミノリが彼の傍に寄ってきて声をかけているところだ。焦っても幽体のソウシにはどうしようもできない。上を浮遊しているばかりだ。

ミノリは地面で呻き声を立てて身をよじっているソウシに、どうしたのかと尋ね、体を起こすのに引っ張り上げようとした。だがその手を冷たく突き放し、

「この体、わしのものじゃ。」

と、ぜいぜいと不気味な音を喉の奥から響かせた。睨みつけるその視線は細く険しく、光っているようにも見えた。陽の光の下にいながら、ミノリは一瞬びくりと身を震わせ、目を見張って彼を揺さぶる動きを止めた。幽体のソウシもうろたえた。

 入り込んでるのはミズチか!
 どうして。
 ここには大蛇を除ける結界が働いてるはずなのに。
 それとも、ヤエさんが仕掛けた結界が
 長い時を経て、解けているのだろうか。

体をくねらせてうごめいているソウシの肉体は、蛇の動きそのものだった。しかし、ミズチは人の肉体を手に入れたわりには苦しそうだ。

「うう、思うように動かせぬ。
 苦しい。
 生きた体を手に入れたというに、
 焼かれているようじゃ。
 熱い、苦しい。」

動きはだんだん激しくなり、のた打ち回り始めた。ミノリはその異様さに茫然と立ち尽くしていた。

 ミノリ、勾玉を出せ。
 俺の体にかざしてくれ。

言葉としても声としても伝わるはずはないのに、必死で幽体のソウシは呼びかけた。

 早く。
 勾玉を。

気味悪そうに眺めていただけのミノリがとうとう動き出した。深呼吸し、ふんっと鼻を鳴らして覚悟を決めた後、彼女が次にとった行動はソウシの思惑とは全く別のものだった。ミノリより背の高いソウシの肉体、その彼の胸倉を起こすようにして掴むと、平手打ちを三度くらわせたのだ。その音が泉の上の開けた空間に気持ち良いほど響き渡った。

 いってー!

幽体のソウシは肉体のソウシの頬が見事に平手打ちされるのを見ているだけで、痛みが伝わってくる気がした。

「アマノ君! しっかりしなさい!」

ミノリがよく通る声で叱りつけた。まさかその声のせいとも思えないが、泉ではばしゃっと音立てて、魚が跳ねた。大きな魚で表面の鱗が光に反射してきらりと光る。かと思えば、また平手打ちの音がした。

 おいおい、そんなに手荒に殴るなよ。

状況が状況とはいえ我が身のことだけに、形無き魂のソウシはハラハラしていた。すると急に引っ張られる感覚になった。入れ替わるように、肉体側のソウシの口から邪気の霞が漏れ出し、泉の空間に広がるやすぐに消滅していく。ソウシにはだんだん重力も感覚も蘇ってきた。空気を吸い込んでいる感覚、草地に倒れている感触、左足の痛み、それらとともに新たに両頬の半端ない痛みが加わっていた。

瞼に重みを感じつつゆっくり開けると、さっきまで上から眺めていたはずのミノリの顔が真正面に大きく見えた。彼女の表情は真剣そのもので興奮気味なのか紅潮していた。

「ミノリ。俺・・・。」

唇や舌を動かしているのも実感できる。

「・・・戻った。」

我ながらおそまつな言葉かけだとソウシは思ったが、偽らざる実感だった。

「ほんとに?
 ほんとにアマノ君?」

ミノリはまだ疑い深く、眉根を寄せ、もう一発平手を頬に当てんばかりに構えていた。

「あ・・・ああ。」

「信じていいのよね!」

何度も念を押されて、何度も頷くという繰り返しの後、ミノリはやっと力の抜けた表情をし、右手を下ろすと、

「よかった!」

と言って、へたり込んだ。彼女の息ははずんでいた。ソウシもぐったりしたままで青い空を仰いだ。いい天気だと呟き、全身痛みが走っていながらも、彼自身の体に魂が落ち着いたことを心地良く感じ、ありがたく思っていた。生きている証拠そのものだ。

「また憑りつかれてたの?」

ミノリが尋ねたとき、ソウシ自身、最初はなぜミズチが彼の中にいたのかわからなかったが、ミズチが穢れの塊だと認めれば、支配された理由が思い浮かんだ。

「たぶん・・・俺の中にずっといたんだ。
 俺が霊視を繰り返している間に、
 俺の心の内にずっとあった僻み根性が、知らず知らず、
 あいつを呼び寄せて繋ぎとめてたんだと思う。」

ソウシは空を仰ぎ見ながら答えた。

「僻み根性?
 ああ、霊感が強いせいで
 誰ともわかり合えなかったってこと?
 そう言ってたよね。」

「ああ。それに・・・、
 そこから脱しようと思えばできたのに、
 悲観的なもの思いにいつまでも浸ってた俺の甘さもな。」

ソウシは真っ青な空に祖父の面影を描いていた。

 生身で生きている人間が一番強いのだよ。
 正しい行い、正しい心の在り方をしていれば、
 間違いなく生きている者のほうが強いのだ。

祖父が言っていたとおりだと今は思える。弱気と僻み、子どもっぽい甘えが、邪な存在につけ込まれ、よけいに暗い気分になり悪循環になる。覇気がなくなった体は心を奪われたも同然だ。正しく生きるという意味がだんだんソウシにもわかり始めていた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/03/18 18:21 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)