水色書架

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勾鱗奇譚 (27)

いつのまにか場面が変わったとソウシが気づいたのは、さっきまでののどかな女たちの四方山話の流れと違って、陰気な雰囲気になっていたからだ。目に映るものは何もなく、声だけが聞こえてきた。

「ようやく熱は下がったようです。」

これはさっきの中年女の声だとソウシは思った。

「やれやれ、縄を編んでお喋りしている最中にこの子が倒れて、
 揺り起こそうとしたら酷い熱でどうしたことかと驚きました。」

「イオエは幼いせいもあるけれど、
 勘の鋭い子ですからね。」

中年の女とは別の女の声が返ってきた。

瞼を開けると女の顔が二つ、覗き込んでいるのがわかった。

 そうか、俺はイオエという少女の中にいるのか。

イオエは確かめるように一人一人に目をやった。それを通してソウシが見ている状態なのだ。そして、一人の女の襟からのぞいているえぐったような古傷が目に止まった。

 この人がヤエだ。

ソウシの入り込んでいるイオエが首から上へと目を転じると、以前見たときよりはずっと年上の、中年の女とそう変わらないほど年月を経たヤエが慈しむような表情をしている。そして、まっすぐに注がれるヤエの視線に、山から下りてきたときには目が見えるようになっていたという話は真実だと思えた。

「何日も寝込んでいたけれど、
 気分は良くなったかしら。」

ヤエに優しく問われてイオエは小さな声ではいと答えた。

「ヤエ様が手ずから看病なさってくださったのですよ。」

中年の女がありがたいことともったいをつけてイオエに告げて体を起こしてやると、用意していた薬湯を飲ませた。癖のある匂いの薬湯にイオエが思わず目をしかめ、鼻をつまみながら飲み干すのをヤエは安堵したように見届けた。

もう少し休んでいるようにと言い置くと、中年の女とヤエが部屋を出た。が、板戸の向こう側でひそひそと声がするのをイオエは耳を澄まして聞いた。

「これから私もいつものように山へゆきます。
 そなたは注連縄を神社に届けてくれまいか。」

「承知いたしました。
 最近は村の者が物の怪にたぶらかされて、
 いっとき行方知れずになるなど、
 妙なことも起きております。
 お気をつけておいでなされませ。」

「結界がほどけているのです。
 そのために奉納した注連縄で、
 新たに結ぶ必要があるのです。」

難しい話はイオエにはよくわからない。ただヤエが山に一人で行くのだけが少女の関心をひきつけた。しばらくしてからイオエは寝床から抜け出し、衣を着替えて音を立てずにそっと板戸を少しばかり開けて様子を窺った。中年の女が先に神社に向かい、ヤエが杖代わりの古い弓を携え、一方で片方の袂に何か入っているのか抑えるように握ったまま、草鞋を履いて山道をいくところだった。

二人の姿を板戸の隙間から追えなくなった頃、イオエも家を抜け出し、気づかれぬようにヤエの後を追って山道を歩きだした。一本道だから見失うことはない。草を踏みしめる足跡が聞こえないようかなり遅れて進んで行った。

まだ陽は十分にある。ヤエが山で何をしているのか見定めたらさっさと引き返すつもりで、鬱蒼として暗い影を落とす木立の中でもイオエには恐れもなかった。

ようやく空の開けた泉近くまでたどり着く頃、鈴の音が聞こえた。

しゃん、りぃぃん、しゃん・・・
しゃん、りぃぃん、しゃん・・・

イオエは大木の陰から音のする方に視線を集中した。白衣と緋袴のヤエが五色の帯のような長い布をつけた神楽鈴を手に、泉の傍で舞っている。そして、泉の周囲の別の場所へ移動し、そこでも鈴を鳴らして舞う。6つの場所で同じことを繰り返していた。

こんこんと湧き出る透明な水の中を魚たちが泳ぎ、木の精気に満たされた空間に鈴の音が厳かに響き渡る。鈴を鳴らすたびに泉の水が震えているとイオエは思った。神聖な光景だった。

舞い終えたヤエは疲れているように見える。これで山を下りるのかと思えばヤエは鈴を白衣の袂にしまうと、弓を携えて林の奥に消えた。はて、この先に道があったのかと、イオエはそっと後をつけた。草深いが獣道のように踏み分けた跡がある。ヤエに気づかれないように、できるだけ音を立てないようにと苦心しながら辿っていった。

光が木々の枝葉に遮られ、暗い闇の深みにはまっていくようだ。いったいヤエがどこへ行こうとしているのか、帰りたいほどの薄気味悪さを感じながらも好奇心を抑えきれずにイオエは進んだ。

すると、無気味な声が聞こえた気がした。男とも女とも言えない声、それから淀んだ泥土の生臭い匂いがする。

「おまえを喰ろうてやる。」

はっきりと聞き取れたのは飛び上がるほど怖ろしい言葉だった。身のすくむ思いでどうにか歩を進め、ヤエを案じて、声の主が誰かを探ろうと近づいた。目にしたものは岩肌。いや、それは岩肌にも似た大蛇の体表の鱗でとぐろを巻いて塊のようだった。その真ん前にヤエが立っている。あっと叫ぶ間もなく、大蛇の鎌首がヤエに迫った。彼女は逃げずにただ突っ立っている。

大蛇は裂けたような大きな口から牙を剥き出しにして、ヤエに噛みついた。噛まれるままに身じろぎもせず立っているヤエを目にし、イオエが震えてしゃがみこんだ。

 殺される。
 ヤエ様が食べられてしまう。

しかし、蛇は苦々しい呻き声をあげて、

「ええい、口惜しい。
 喰らおうとすればわしが喰らわれる。
 口惜しや、口惜しや。」

とヤエから離れ、悔しさに鎌首を何度も振った。そして大蛇の体から湯気のような気体がたちのぼり、尾を引いてヤエの頭上を取り巻いた。ヤエが持っていた弓を振るうと丸い玉状になり、どこかへ飛び去っていった。そのせいなのか大蛇はひとまわり小さくなった。

イオエの中にいるソウシは、ヤエの手にある弓に弦が張られているのに気づいた。以前はただの杖代わりだった弓で、目が見える今、あの弓を持ち歩くのは何か別の意味があるのかと考えた。

「私はあなたさまの魂を癒しに参っているのです。
 どうかお鎮まりを。」

ヤエが大蛇にむかって言葉を発した。

「要らぬ世話じゃ。
 きっとおまえを喰ろうてやる。」

ぜいぜいと気味の悪い息を吐きかけて大蛇はとぐろを解いてズルズルと山の奥深くへと後退した。ヤエはそれを見届けると向きを変えて、元来た道を去っていく。彼女の肩は疲労のためか喘いで揺れていた。イオエは大木の陰に潜んだまま、動くことができなかった。ヤエより早く戻らなければならないのに、たった今目にした怖ろしい光景にすっかり腰を抜かしていたのだ。

静まりかえった山の中、イオエは這うようにして急いでヤエの去っていった後を追いかけた。ヤエが大蛇に食われそうになっていた光景が彼女の頭から離れず、しかも自らヤエは体を差し出していたようにも思えて、体の震えが止まらなかった。

泉のある空間がすぐ先に見えたとき、もう日が落ちかかって暗闇が迫っているのがわかった。

 早く帰らないと、
 ヤエ様の後をつけていたのがわかったら、
 叱られてしまう。

イオエは焦って、ようやく自分を取り戻し、走り出そうとした。そのときだった。彼女の着物の裾が引っ張られた。何かに引っかかったのだろうと裾に手をやる間もなく、引きずられた。悲鳴をあげて、力を込めて振り切り、草を分けて懸命に走り出した。

「こちらへ。
 早よう、こちらへ。」

優しい女の声とともに、手招きする姿があった。悲鳴を聞いて戻ってきたヤエだと信じて、イオエは姿を追ってついていった。しかし、追っても追っても追いつくことができない。いつのまにかイオエは泉の傍より遠く離れたところへと導かれていた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/02/28 12:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)