水色書架

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勾鱗奇譚 (24)

夏の日差しの中で改めてミノリを間近で見ると、髪の毛で隠れがちな耳には傷がある。柔道をやっていると畳に耳がこすれてできるとは聞いている。おそらく、肘や腕にも畳でこすった痕があるだろう。そのときふと、ソウシを支える彼女の手首は負傷していたはずだと思い出し、

「ちょっと待て。
 おまえ、手、怪我してたんじゃなかったっけ?」

と、慌てて離れようとした。が、ソウシをがっちり掴んで離さないミノリは、

「ああ、これもう治っちゃってるし、平気よ。」

とあっけらかんと答えた。

「試合で関節技やられちゃったんだよねぇ。
 腕ひしぎ十字固めって知ってる?
 あの技をかけられてさ、”参った”するしかなくて、
 悔しかったわ。
 で、ちょっと痛めただけ。」

ミノリは柔道をやっているせいか、あるいは、元来の性格が大らかなせいなのか、威勢の良さはゼミの中でも一番で、負傷したことより試合に負けたことのほうがよほど悔しいらしい。

「包帯巻いたままにしてたら、
 みんながもっと優しくしてくれるかと思ったのに、
 案外そうでもなかったわ。
 何でかな?」

丸顔のミノリが元気よく声を立てて笑った。ソウシもつられて笑顔になった。だが、表面上は過去のことと切り分けているようでいて、ミノリはまだ悔しさを引きずっているんじゃないかとソウシは思った。これは霊感に頼ったものでなく、勘というやつだ。普段から人と口をきかない分だけ、観察癖がついているせいで人の心理がだいたい推測できる。

 包帯を巻いてたのは
 悔しさを忘れないためだ、きっと。

彼の体を支えているぽっちゃりした可愛らしい手は、見た目と違って握力が強い。その腕の筋肉も、ソウシとは比べ物にならない。彼女なら簡単に彼をねじ伏せてしまうか投げ飛ばしてしまうだろう。鍛え上げられた肉体と、対戦相手に向かっていくだけの精神力、おどおどしがちなソウシには羨ましいほどだ。

「強いんだな。」

思わず口に出た。

「強かないわよ。」

ミノリがすぐに否定したため、ソウシは意表を突かれて振り返った。

「よくさぁ、柔道やってるとそう言われるけど、
 強くなりたいと思う反面、
 どこまでやっても壁にぶつかるんだよね。
 この前の試合も、相手に負けたんじゃなくて、
 自分に負けたのよ。
 スランプでさ。
 思うように体が動かなかった。
 弱さを痛感するわ。」

大らかな語調に変わりはないが、ちょっぴり悔しさと自分への腹立ちを滲ませていた。

ミノリはソウシの視線を避けるようにして下りの道の先を遠く眺めた。

「それにしても遅いわねぇ、あの熊みたいな親父さん。
 青年団の人に逃げられてるんじゃないかなぁ。
 私が行って連れてきたほうが早かったかも。」

人っ子一人、麓からやって来る気配は全くない。蝉がかしましく鳴いては木立の間を飛び回っているだけである。いよいよ夏の日差しもきつくなってきて、朝の涼しさもなくなり気温が上がっていた。

「どうする?
 ちょっと歩いて下りてみる?
 もっと私にもたれかかっても大丈夫よ。」

ミノリは再びソウシに向き直ると、促すように仰ぎ見た。ソウシも長いことここにいたいとは思わない。最初からここに来たかったわけでもなかったのだから当然だ。左足に負担をかけないようにゆっくり歩けば何とか麓まで行けそうだと伝えると、ミノリは小屋の中に置いたままのソウシのデイパックを取りに行くと言って、彼から離れて中に入った。

ソウシはもう一度、泉のある方向の上り道に振り返った。ここから離れてしまえば、謎の多い厄介な関わりから逃れられる。二度と来ることはないはずだ。

そう考えていると、また向こうのほうで霊体の影が通り過ぎて山の斜面に消えていくのが目に入った。一体、なぜ霊体が同じ方向からやってきて同じ方向へと消えていくのか、訝しんだ。去ってしまうのに何の未練もないと言い切ってしまうのには、正直なところ躊躇いがあった。後ろ髪をひかれる感覚だ。

ほうっとため息をついた。

 結局、あの後、ヤエは巫女としてここで生き延びたというなら、
 ミズチのほうはどうなったんだ?
 鎮めたはずのミズチが、現代の今でもこの山を徘徊してる。
 マドカや俺だって、奴の餌食になりかかったじゃないか。

何も考えずにここを離れるのだと自ら言い聞かせたが、その意に反して、ソウシは注意深く一歩一歩、幅の狭い上り道のほうに歩んだ。この先に泉があるはずだった。

 そういえば俺が落ちた場所も、
 道幅の狭いこの道のどこかだ。

興味を抑えきれず、ソウシがさらに一歩進みかけたとき、荷物を持って外に出てきたミノリに呼びかけられた。ソウシは、

「ちょっとだけ上を見てくる。
 ミノリはそこで待っててくれ。
 あ、いや、何だったら先に下りてくれていい。」

と叫んだ。当然といえば当然だが、鼻息荒くミノリは駆けてきて、

「何言ってんのよ。
 迎えにきた私が先に帰るわけにいかないでしょ。
 どこ行くのよ。」

と、ソウシの肩をむんずと捕まえた。女といえ、ミノリに勝てるはずはない。彼は説得を試みた。

「どうしても気になるんだ。
 マドカや俺を狙った物の怪のことが。
 せめて泉のことも、俺が落ちた場所のことも、
 見知っておきたい。
 だけど、おまえを一緒に連れて行くわけにはいかないんだ。
 ここは女人禁制の山だからな。」

「女人禁制?
 そうなの?」

一瞬、怯んだミノリだったが、しかしやはり怪我人を一人で歩かせるわけにはいかないと正義感と義務感で、ソウシを放さなかった。ここで押し問答をしているうちに、髭の男が青年団の者たちを連れてやってくるだろう。時間がなかった。

ソウシはミノリが手にしていた彼の荷物を受け取り、デイパックは地面に置き、ウエストポーチの中を探り始めた。ケータイは相変わらず電波の反応がほとんどないため、ポーチの中に戻したが、まだ底のほうまで探っていた。ようやく取り出せたのはたった一つ残った塩の紙包みだ。手の平に握りしめ、ミノリにむかって真剣な表情でソウシは言った。

「じゃあ一緒についてきてくれるか。
 泉まで。
 俺がおまえを守るから、
 怖い目には合わせない。」

いったい彼のどの口がそう言わせたのか。こんなカッコつけた台詞など気恥ずかしいはずなのに、心が急いていたためか、臆することなく口走ったのだ。顔を赤らめたのはミノリだった。が、彼女も彼の気迫に圧されて反射的に頷いた。

それを見届けるとソウシは、ミノリにもう一度小屋に戻って、奥の神棚の裏にある木箱から勾玉を持ってくるように頼んだ。

「そんなことして、あの親父さんに叱られない?」

彼の頼みにさすがにミノリは、盗人まがいに手を貸すようで罪悪感を持ったが、それでも急いで取りに走った。それから彼は手にあった包みを開き、塩を地面に撒いた。ミノリがやって来るのをじりじりと待ち、目的の物を大事そうに持ってきたミノリに今度は撒いた塩の上を踏ませた。彼自身も踏んだ。彼が知るかぎりの浄めの術をほどこし、九字を切った。

「じゃ、行こうか。」

ソウシはミノリに言うと、彼女は何も言わず、肩を貸し、彼を支えながら上り道へと進んで行った。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/02/19 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)