水色書架

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勾鱗奇譚 (23)

ソウシができるだけ端折って龍と娘の不思議な話を聞かせ終えると、ミノリはさっきの霊の話よりは興味津々で食いつくような眼差しを彼に向けた。

「それ、アマノ君が見た出来事だよね?」

「うん。・・・だと思ってるんだけどな。」

自信なさげにソウシが言うと、ミノリがどういうことかと問い返してきた。

「俺自身、これがほんとにあったことなのか、確信がないんだ。
 いくらいろんな霊現象に見舞われることはあっても、
 こんな・・・こんな夢みたいなのは初めてでさ。」

「ああ、お伽噺ってそういう意味かぁ。
 でも、確信はなくても、夢とも言い切れないんでしょ?」

何の疑いも抱いてないらしいミノリに、ソウシはちらっと視線を送り、

「俺の話、信じてるの? 信じられる?」

と逆に不審そうに尋ねた。霊感があるというと興味本位で特別視されるのには辟易していたせいだ。だが、彼女は大きくまばたきをしてから、

「うん。
 水地神社の由来にそんなことが書いてあったのを思い出した。
 水神の怒りを鎮めた巫女がいるって書いてあったかな。
 だからほら、お守りには弓のマークが入ってるの。」

と言うなり、バッグの中から神社で買った現代風のストラップ型のお守りを取り出した。六角形をしたお守りにはアルファベットのDの形にも似た弓が描かれている。もっとも、ヤエが持っていたのは弦の張っていない弓だったが。

「これ、この弓のこと、梓弓って言うんだって。
 巫女が魔を祓うのに使ったって由来に書いてあった。
 目の見えなかったヤエさんが弓を杖の代わりにしてたって、
 今のアマノ君の話の中で言ってたよね?
 関係ありそうじゃない?」

ミノリはやや興奮気味になっていた。ソウシもある意味興奮気味ではあった。お守りにそんな印が入っているとはつゆも知らなかったからだ。

 梓弓か。神事に使われる弓・・・だったっけ。
 由来にある巫女はやはりヤエという名の女性かもしれない。

思案顔になっているソウシにミノリはまた話しかけてきた。

「で、さっきのうわ言、
 水神・・・ミズチだっけ、そいつのせいなの?
 アマノ君に乗り移ったの?」

「わかんねー。俺には自覚がないから。
 いつ入り込んできたのかわからないんだ。
 体がまいってるときに憑依されることはたまにあるから。」

「霊媒体質っていうやつなんだ?」

ソウシは真剣に耳を傾けてくれているミノリから目を背け、額にかかる前髪が目元まで覆い隠すほどうつむいた。それからおずおずと、やや自虐的に、

「気持ち悪いだろ?
 そういうの。
 今まで誰にも、霊感強いってのは話してないんだ。
 つーか、話す友達もいねえけどな。」

と言って、挫いた足を見つめた。ミノリは目をぱちくりさせた後、ああと納得したような声を上げ、

「そういえばいつも一人でいるよね。
 でもさ、ちょっと違うよ、アマノ君が言ってるのは。」

と膝に頬杖をついて、ソウシと同じくらいの目線で顔を近づけて言った。

「霊感があるかどうかの気持ち悪さじゃなくてさ、
 一人でいようとし続けてるのがありありとわかって、
 気持ち悪い人なのかなって印象を与えちゃうだけなんじゃない?」

二人のいる小屋の開け放した窓から威勢のいい蝉の鳴き声が満ち溢れてくる。短い命を精一杯生きようとしている謳歌とも感じる。

「あんまり喋らないもんね。
 寡黙でさ。
 それじゃあどうやって友達になっていいのかわかんないよ。
 ほら、今だって。黙りこんじゃうじゃない?」

ミノリの批評に、ソウシは反論もできない。的を得ていると思った。

 心の中じゃ、いっぱい喋ってんだけどな。
 そうか。
 そういうふうに見られてるのか。
 
そしてまたミノリは、まるで彼の心を見透かしているかのように続けた。

「考えてること、いっぱいあるんでしょ?
 でも言葉で声に出して伝えなきゃ、
 誰もわかってくれないよ。

 肝試しの夜道でみんなを叱って誘導したみたいにさ。
 かっこよかったよ。
 あれであたしはアマノ君のこと、見直したんだよね。」

そう口走ってから、ミノリはちょっと照れくさそうな表情になり、意外な言葉にソウシもくすぐったい気分になった。窓から差し込む日差しがきつくなってきたが、汗ばんでくるのは夏の暑さのせいだけではない。

「ね、ちょっと外出ない?
 いい天気だし、ここの空気が清々しいよ。
 肩貸してあげるからさ。」

ミノリが立ち上がって誘った。女の手を借りるわけにはいかないとさすがにソウシは遠慮したが、誘いに乗って外に出てみることにした。まだほとんど乾いていない水気を含んだスニーカーを履き、腫れのある左足だけ靴の踵を踏んで、顔をしかめながら、ふらついて倒れないよう用心して立ち上がった。猫背気味とはいえ、ソウシは180センチ以上ある。ミノリはせいぜい160センチを少し超えたくらいで、背丈の差は歴然だった。にもかかわらず、ミノリは生来のおせっかいで、眩暈がしないかと尋ねると同時に強引に彼の腕を取り、自分の肩にまわした。

「いいって。ゆっくりなら歩けるって。」

と、ムキになって焦るソウシだったが、ミノリはお構いなしだ。

「俺、汗臭いぜ。」

「平気だよ。慣れてるから。
 柔道部員に汗はつきものだからね。」

「重いだろ?」

「何言ってんの。
 70kg級のあたしより、アマノ君のほうが体重軽いじゃん!
 あたしは鍛えた体だから全然大丈夫。」

ニコニコ笑ってミノリが遠慮するソウシを支えた。自分のせいで怪我をした彼に少しでも手助けして恩返ししたいと思っているかのようだった。ぽっちゃりした体型に見えるが、ミノリの腕も肩も筋肉質だ。男女の別を考えなければ、頼もしいとさえ思える。上背はあってもヒョロヒョロしている彼は気恥ずかしくなるのだった。

戸外に出ると雨粒の残る緑の葉が夏の日差しを受け、きらきらと輝いていた。雨に洗われた山の空気は、ミノリが言ったように清々しく、生きていてよかったと思えるほど心を揺さぶられる。ソウシはミノリに肩を借りながら、そろそろと地面を踏んだ。土も水を含んで柔らかい。

小屋の周辺は緑に覆われ、いくつかの山に囲まれている。古い木造の簡素な小屋の横には間伐した木材が積まれて置かれている。山を下りる道の道幅が広いのは間伐材を運ぶのに車が通るためだろう。反対方向に上りの道がある。こちらは道といっても二人並んで歩けるかどうかの極端に狭いものだ。

メガネさえかけていれば霊体を見ずに済むのだが、かけていないと、こんな穏やかで平和そうな光景でもソウシには、普通の人なら見えないものが見えてしまう。小さな真綿の塊のようなものが見え隠れする。それは木霊(こだま)で、人に害を与えるものではない、はかなげな存在だ。木の葉の陰を出たり入ったりしている。

「気持ちいいねー!」

ミノリの声は張りがあって、よく響く。木霊たちが彼女の声に反応してぴょんと跳ね上がっては浮遊する。もちろんミノリにはそんなものが見えていないのだが、見えているソウシには滑稽で面白い。疲れているのに癒される光景だった。

近眼気味のソウシの目では上りの道の先がどこへ続くのか見定めようがなかったが、そちらに視線が集中した。たぶん奥に行けば彼の倒れていた泉があるのだろう。そこから流れているのか、茂った草の脇では小川があった。サラサラと穏やかで気持ちの休まる音だ。

不意に、ソウシは上り道の先のほうで道を横切る影に気づいた。実体でないとわかるのに時間はかからなかった。薄ぼんやりと形のある影のようなものが、ある方向からやってきては道を横切って山の斜面に消えていく。

 何だ、あれ?

影は一つではなく、次々と横切っていく。人の姿でもあり、また異形のもののようでもあり、いずれも同じ方向に向かっては消えていくのである。そのうちの一つがソウシに振り返った気がした。なぜそう感じたかと言えば、その影が動きを止め立ち止まったからである。しかしまた、進むべき方向へと消えていった。

ソウシはまた大きな疲労感を覚えた。霊視の目を使うたびにこうして疲れる自分に嫌気がさす。急に肩に重みがかかって振り返ったミノリが大丈夫かと声をかけた。そして、支えようとミノリのもう一方の手が彼の腹に触れた途端、疲れで重くなっていた自身の体が急に、何かが取り払われたような爽快感があった。

 なんだ、軽くなった?
 どうして?

思わずミノリに視線をやった。心配そうに彼女も彼を見上げていて、二人の目が合った。

「何か変な霊でもいた?」

ミノリは自身は怖がりのくせに、妖しげな何かからソウシを守ろうとでもいうように鼻息を荒くした。明るい日の光の中だけに闇夜よりは恐怖感は薄れているのだろう。ソウシは何でもないと返したが、ミノリが傍にいると自分を見失うことがない安心感が得られるのを不思議に思っていた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/02/16 12:25 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)