水色書架

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勾鱗奇譚 (22)

ソウシは勾玉を髭の男の毛むくじゃらの手に丁寧に返してから、毛布をめくりズボンを穿こうと、座ったままゆっくり包帯を巻いた左足に裾を通した。湿布のせいか、痛みはだいぶましになっていたが、まだ無理はできない。左足首だけではなく、体中が傷で疼くし、筋肉痛もひどい。骨まで軋んでいるかのようで、ロボットのような動きしかとれなかった。

動くたびに呻き声をあげるソウシに、髭の男は、

「痛むのは生きてる証拠だ。
 山から落ちてきて、それですんでありがたいと思わんとな。
 瀕死の重傷になってたって驚かんかったろうが、
 ピンピンしてるほうが余程わしには驚きだったぞ。」

と、吐き出すような素っ気ない言い方で励ました。よく見ると、ソウシのズボンもTシャツもところどころ破けたり綻びたりしている。

髭の男は勾玉をもとにあった木箱の中に収め、蓋を閉じて考え顔になった。そして、

「この勾玉をどうするべきか、
 わしはずっと考えているんだが。
 あんたはどう思うかね。」

と、ソウシに尋ねた。どうも何も、それはソウシのものでもない上、当然、この男が管理していくのだと思っていたため、彼には答えようがなかった。

「それはあなたがここで守ってゆくんじゃないんですか。」

「ふん。わしもそうしたいが、後を継ぐものがおらんのでな。」

そう言ってから、男はしみじみと木箱を手に取り、

「いつまでここを穢れから守らなくてはならんのか。
 どうにも無理ではないかと、時折考えるのさ。」

と続けた。泉のあるこの山を個人でどうにかこれまでは受け継いできたが、男の縁者はもういないというのだ。

「継ぐ者がいなければ山を売るしかない。
 それはしかたがないにしても、
 この勾玉をどうしたものか考えあぐねているんだ。」

「神社に奉納すればいいんじゃないですか?
 そうすればずっと神社で受け継がれるでしょう?」

ソウシは提案したが、男は肯定もせず否定もせず、ただ髭を撫でてため息をついた。

「おまえさんにならいい案があるかと思ったんだがな。
 まぁ所詮、よそ者だからしかたがないか。」

と、ソウシに聞こえるか聞こえないかの小声で呟いた。ソウシは自分が霊感が強いからといって、人から過度に何かを期待されたり、過敏に避けられたりという目には何度も会ってきてうんざりしている。現に今も、酷い目に会ってつくづく嫌気がさしている。メガネをかければ霊を見なくてすむのに、レンズを片方失い、フレームが歪んでいてはそれすらもできない。

髭の男には助けてもらった恩があるにしろ、いわくのある勾玉の処遇を相談されても責任が負えない。文句を言われるのは筋違いというものだと、内心、軽い憤りを覚えていた。

彼は黙って毛布を畳み、立ち上がろうとすると、眩暈を起こした。さらに、支えようと踏み出したのが左足で、重心をかけたために痛みを覚え、床に音を立てて倒れた。

「おい。立てないのか。」

髭の男は急いでソウシの傍に寄り、外に出ていたミノリが大きな物音に何事かと驚いて戸口から顔を出した。眩暈しただけだと言ったものの、ろくに睡眠がとれていないまま痛む体を庇い、霊視による消耗の激しさで疲労感が絶頂に達しているのだ、とてもまともに動けそうになかった。

「しかたない。
 やはり青年団の連中を呼び出すか。
 担架を持ってきてもらおう。」

髭の男がそう言って、戸口に向かうと今度はミノリに、

「ああ、でかい姉ちゃん、
 そこの若いもんの傍についててやってくれ。」

と言い置き、外へ出て行った。

「ほんとに失礼しちゃう。
 でかい姉ちゃんって、そりゃ間違っちゃいないけどさ。」

と、ミノリはブーブー文句を垂れながらソウシの近くにやってきた。

「ほんとにごめんね。」

湿布して包帯が巻かれている足を見つめながら彼女は言った。

「肝試し、アマノ君はあんなに反対してたのにね。
 やめとけばよかったのに。
 そしたら、こんなことにならなかったのよね。」

「もういいって。
 しょーがねーじゃん、
 俺も行くって言ったんだしさ。」

大柄なミノリが丸くなってしょげているのが、いつもより一回り小さく見えて、ソウシは慰めるように答え、まだ置いてあったペットボトルの茶をぐいと飲んだ。板間の縁に座っている彼の横に、ミノリもちょこんと座ってから小声で告げた。

「あのさ、アマノ君って、ひょっとして・・・。
 ひょっとして、陰陽師?」

お茶を噴き出しそうになり、ソウシは、

「はあ!?」

と、素っ頓狂な声を出した。

「何言ってんだよ。違うよ。」

「だってさ、なんかそういう、・・・お化け・・・
 幽霊・・・違う、霊とか詳しそうじゃん?」

ミノリがお化けという単語を使った瞬間、ソウシが嫌そうな表情をしたのを見て取ってすぐに言い換えた。

「あたしたち4人で帰り道辿ってたとき、
 後ろから何か撒いたよね?
 塩・・・だよね? 服に粒がついてた。
 きっと魔除けの・・・おまじない?・・・のつもりなのかと思って。
 それに、肝試しに反対したのだって、
 何か勘付いていたんじゃないの?
 霊感が鋭いんでしょ?」

「ああ、うん。まぁ、そういうことだけど。」

ぼそぼそと言葉を濁しながらもソウシは認めた。逆にミノリには全く霊体験がないことは、霊感の強い人を陰陽師と表現することから推してわかる。

「やっぱりなぁ。
 昨夜のこともそうだけど、
 さっきからアマノ君の様子を見ても、
 なんか違うなって思ってさ。

 いろんなモノが見えたり聞こえたり、
 感じたりするんだよね?
 昨夜のマドカもあの子らしくなくて変だったけど、
 あれも霊とかのせいなの?」

ミノリはよく喋る。性格が明るいし、裏表がなくまっすぐに話しかけてくる。だがソウシはそれほど疎ましいとは感じなかった。たぶん、彼自身、心の奥底で話し相手を求めていたからなのだろう。

「ああ。
 マドカの足首に痕が残ってるって
 さっき言ってたよな?
 それが霊の仕業なんだよ。」

「あんなに攻撃的な霊っているんだ?」

「念の強い・・・特に、未練や執着の強い霊だと、
 そういう目にあうこともある。」

ミノリがぶるっと身震いした。図体に似ず、本気で怖いらしいのがやはり女なんだなとソウシは思った。

「だけど、霊がみんな怖いわけじゃないんだ。
 悪さしない霊だっているし・・・。
 いや、やっぱ、油断はしないほうがいいけど。」

「アマノ君は怖くないの?」

「俺は・・・俺だって怖いときはある。
 でも物心ついたときからずっと身近だったからな。」

「そうなんだ?
 だから護身法みたいなのも知ってるんだね。
 塩とか?」

「一番ポピュラーな魔除けなんだよ、塩は。
 世界共通。たぶん。」

「ふうん。」

小屋の中にまで蝉しぐれはうるさく響くが、他になんの物音もない。キャンパスでもない見知らぬ小屋の中で、ミノリとソウシはもともと共通点もなかったというのに、こうして会話しているのが奇妙に思える。

「でさ、さっきのうわ言は何だったの?
 あれってアマノ君じゃなかったみたいだったよ。
 どうなってたの?」

怖がりのくせに、いろいろ聞きたがるんだなとソウシは思いつつ、霊感があるのを一度打ち明けてしまうと、それまで隠し続けていたはずなのに口が滑らかになって話しやすくなっていた。

「話せば長いんだけど、
 ここの水神だよ。
 水地神社に祀られているはずの水神。」

「神様? でもなんかそれにしちゃ・・・。」

ミノリのぽちゃぽちゃした肉厚の手がソウシの目にとまった。赤ちゃんの手みたいな窪みが4つ並んだ彼女の手の甲を見ていると和やかな気分になる。

「あのさ、お伽噺だと思って聞いてくれる?」

ソウシは遭難したときに見た、ヤエと龍と大蛇の話を簡潔に話し出した。ただし、自分が背後霊化していたことは抜かして。ミノリは興味深そうに耳を傾けた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/02/13 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)