水色書架

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勾鱗奇譚 (19)

すっかり朝になり、太陽が照らし始めると、夏場の気温が一気に上がり出す。暖炉のせいで小屋の中は蒸し暑いほどになってきたため、ソウシは毛布を脱いで裸の上半身を晒した。髭の男は濡れたソウシの服の乾き具合を確かめ、Tシャツとトランクスだけを放り投げてきた。

「ズボンはまだ湿っとる。
 もう少し乾かした方がいい。」

髭の男はそう言って、丸椅子にズボンを拡げ、暖炉の近くに持って行った。ソウシはまだ布に包まれた勾玉を手にしていたが、それを床に大事そうに置いた後、トランクスとTシャツを手に取り、毛布を脱いで着替えようとした時だった。

「ごめんください。
 失礼します。」

元気な声とともに、ガタガタと音をさせて勢いよく戸口が開いた。

「あのう、ここにアマノ君がいるとうかがって・・・。」

顔をのぞかせた訪問者は丸っこい顔のミノリだった。メガネをかけていなくても声と輪郭でわかる。ソウシはミノリを見て今まで緊張していたすべての神経が緩んで安心感に満たされた。異様な体験をしていた分、身近で普通の現実が戻ってきた実感を得たからだ。

ミノリもソウシを見てくしゃっと顔を崩して安堵した笑みを浮かべたが、すぐに顔を真っ赤にして小さな叫び声をあげて、戸口の外へ引っ込んだ。ちょうどソウシが、座ったまま負傷した足に気遣いつつトランクスを穿いたところで、ほぼ裸だったのだ。彼自身もあわてて毛布を取り上げて再びまとった。

髭面の山の管理人が戸口に近づき、外にいるのがミノリだけだとわかると、

「女一人でここに来たのか。
 他にはいないのか。」

と、不機嫌そうだった。この辺りが女人禁制だったとさっき髭の男が言っていたのをソウシは思い出して、彼女を追い返すのじゃないかと心配になった。

「私一人です。
 アマノ君が無事で大した怪我じゃないって話だったので、
 私一人でも大丈夫かと思って様子を見に来たんです。」

と、はきはきと答えて、もう中に入ってもいいかとソウシに向かって大きな声で尋ねてきた。

「ふん。
 なんだか威勢のいい娘っ子だな。
 まぁ、いい、入んなさい。」

男は立ちふさがっていた戸口から離れて、ミノリを招き入れた。きょろきょろと辺りを窺いながら中に一歩踏み入れたミノリの背には、宿泊施設に置いていたソウシのバッグパックを担ぎ、片手にはコンビニの袋を提げていた。それらを古い板敷のところに音立てて降ろすと、毛布にくるまって暑そうにしているソウシを眺め、

「怪我はどうなの?
 酷いの?」

と、急いて尋ねた。足を痛めたのと体中傷だらけ痣だらけになっただけだと答えると、

「よかった。
 ほんとに無事だったんだね。」

と、ミノリは改めて安心した表情になった。

「うん。ごめんな、心配かけて。」

まっすぐに彼を見つめるミノリに照れくささを感じながらも、ソウシがぼそぼそと言うと、

「あたしのせいでアマノ君が崖から落ちたでしょ。
 死んでたらどうしようと思って、
 あの場からしばらく動けなかったんだ。
 マドカたちと一緒に宿泊所に戻って、
 ゼミの先生に知らせた後も、
 アマノ君からケータイで無事を知らせてきたって先生に聞いても、
 実際に姿を見るまでは信じられなかった。
 ここに来るまで、・・・
 骨折して、顔も体もぐちゃぐちゃになって、
 血まみれの包帯姿だったらどうしようって、不安だった。
 よかった、ほんとによかった。」

と、泣きそうな顔で堰を切ったように早口にまくしたてた。

 ぐちゃぐちゃって・・・。
 冗談じゃないぜ。

と、ソウシは呆れたが、ミノリが悪い想像するのも無理はない。真っ暗闇の中で急な傾斜を転げ落ちたのは事実だ。生きていて意識もあるだけ、充分幸運だったのだ。

それからミノリは、ビニール袋からペットボトルの飲料とおにぎりやパンをどっさり取り出した。

「お腹空いてるだろうと思って買いこんできたの。
 山の中じゃ、食べる物がないもんね。」

軽く5人分はありそうだ。ミノリは髭の男に振り返って、よかったらどうぞと食べ物を勧めた。たぶん社交辞令なのだろう。だが、男は無愛想なまま近付き、おにぎりを二つ掴み取ると、二人から離れた遠い場所に座り込んで食べ始めた。

ミノリは乾いたTシャツを急いで着ているソウシに小声で、

「あの人、怖くなかった?」

と、尋ねた。村の青年団の人たちの噂では、変わり者の偏屈親父で、村の者もあまりここには近寄りたがらず、ミノリを案内してくれた村の者も中途までは同行してくれたが、引き返していったとのことだった。

ソウシはパンとおにぎり、どちらから先に食べようと思案しながら、

「いや、親切にしてもらったけど。」

と答え、結局まずは焼き肉の入ったおにぎりを選び取って食べ始めた。ミノリもおにぎりを一つ掴んだ。肉厚でぽっちゃりと柔らかそうな彼女の手の甲には指の付け根の下に窪みが4つある。それがソウシには微笑ましかった。

それにしても、ゼミ合宿で学生一人が遭難したというのに、ミノリ一人を迎えに寄こすだけとはずいぶん軽い扱いなんだなとソウシは淋しい気分になった。

「他のみんなはどうしてる?
 もう宿泊施設から引き上げちゃったのか?」

と、淋しさを表に出さないように何気なく彼女に訊いてみた。  

「うん。
 ゼミの先生は講演会の予定があって、
 キャンセルするわけにもいかないから、
 心配はなさってたけど、私に後をよろしく頼むって言ってた。
 マドカも心配してたよ。
 でもあの子、けっこうダメージがひどくてさ。
 結局、志願した私だけここに来たの。」

ミノリはソウシが思いのほか元気だとわかると、勢いよくパクパクとおにぎりにかぶりつき、すでに片手には別のおにぎりを握りしめていた。

「ああ、マドカ、大丈夫だったか?
 すっげー怯えてたけど。
 ダメージってどんなふうにひどいの?」

ソウシも空腹に勝てず、せっせと食べながら言った。するとミノリは、

「マドカのこと好きなんでしょ、アマノ君は。」

と、突然言うのでソウシは咽て喉が詰まり、急いでペットボトルの茶を飲んだ後、あわてて反論した。

「いいよ、否定しなくたって。
 男たちはみんなマドカばかり気にしてるんだもん。
 アマノ君だけじゃないよ。」

と、あっさりと言った。とはいえ、それはそれで面白くないソウシだった。

「話はぐらかすなよ。
 で、ダメージってどうなんだ?」

「うん。昨日のことは確かにショックだったと思う。
 だってさ、マドカの足首のとこに、
 紐みたいな、手の指みたいな、変な痕がついて気味悪かったよ。
 なんか、放心状態でさ。
 今朝も様子がおかしかったんだ。
 ブツブツ独り言言ったりして。」

昨夜の恐怖が蘇ったのか、怖そうに話した。ソウシは確かにマドカのことが好きだ。だが、それ以上に、彼女の様子が気にかかった。霊体に執拗に狙われたのは、ソウシ以外にマドカだけだ。

「なぁ、マドカが写ってる写真とか持ってない?」

ふと思いついてソウシが訊いてみると、ミノリはデジカメは自分の荷物と一緒に宿泊施設から宅配で送ってもらったから手元にないが、ケータイに画像があると言って、大きな体格にたすき掛けに提げていた可愛い小さなバッグからケータイを取り出し、画像を見つけるとソウシに手渡した。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/02/04 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)