水色書架

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勾鱗奇譚 (17)

雨に打たれて冷え切っていたはずの体が毛布と暖炉の温もりで癒され、人心地つきながらも、興奮のせいかソウシは眠りにつくことができなかった。山の管理人である髭面の男に全てを話した後、そういえばヤエはあれからどうなったのだろうと気がかりになった。夢かもしれないのに夢の続きを知りたいなんて馬鹿らしいと一方では自ら呆れつつ、だが、どうしても夢幻と片付けることができない。

「あなたはずっとこの辺に住んでおられるんですか。」

ソウシは髭面の男に尋ねた。男はこの若者をじっと凝視して黙っていたが、暖炉の傍に木で作った丸椅子を持ってきて、どっかりと座ると話し始めた。

「わしはこの村の出身だが、長らく都会にいた。
 田舎が嫌で嫌でたまらんかったからだ。
 合理的でないしきたり、訳のわからん風習に縛られたくなかった。
 若いときは大抵みなそう思うものだ。
 わしもそうだった。

 うちは代々この山で仕事をしてきたし、
 家訓のようなもので、何があっても、
 この山を手放すことはならんと決まりがあった。
 わしもこの山を継がねばならん宿命でな。
 それが余計に、窮屈だった。
 今でこそ、訳あって戻ってきたがな。」

男は頭上にある、小屋の中を照らしている電球に目を転じた。そのとき不意に、男の背後に何かが現れた。ソウシはメガネをかけていないため、いつでも霊視できる状態だ。見えているのは霊体で、男の先祖たちの霊だと瞬時にわかった。その数は今までソウシも経験がないほど多く、口々に霊たちが話しかけてくる。ほとほと自分のこういう能力に嫌気がさすのだが、無視しきれないのが彼の性格だった。

霊たちの話すのは総じて、この髭面の男は若い頃は悪さばかりして反抗的だったが、今は山を守るのに精一杯がんばってくれてありがたいということで、いたって擁護する同情的ななものだった。本人が語らずとも、こういう形で相手の過去を知ってしまうのはソウシにとっては罪悪感があるだけだ。

 誰にだって知られたくないこともあるのにな。

男の背後に憑き物らしきものはなかったが、先祖霊だけでもない。おずおずと先祖霊の後ろから若い女の霊が出てきて、この男によって救われたと告げるや、また別の青い顔をした中年の男も同じようなことを口走ってまた奥へと引っ込んでいくのだ。

 この人に感謝の言葉を伝えてくれってことなんだな。

ソウシは彼の背後にいる霊たちの様子から察するところがあって、

「失礼ですが、あなたは、
 山での遭難者をいつも助けてらっしゃるんですか。
 その・・・俺みたいな・・・。」

と、尋ねた。男は不機嫌そうに、

「そうだ。
 軽はずみな思いつきで、山に入り込んで遭難するバカがいるんでな。」

と、皮肉交じりに言ってから、続けた。

「この辺がパワースポットだという触れ込みが広まってるらしい。
 何かを求めて、勝手に奥に入っちまう奴等が増えた。
 山の怖さも知らんとな。
 それと、自殺者だ。
 どいつもこいつも迷惑な話だよ。」

「命を助けた人もいるんですよね?」

「まぁ何人かはな。
 だが、間に合わんこともあるさ。」

ソウシはふと気づいた。髭面の男の後ろにいるのは霊体だ。命を救われた者なら霊になっているはずはない。では、すでに亡くなっているものの、魂が救われたということなのかと推測した。途端に、背後の奥の方で彼らが頷いている。無愛想で厳しい言葉を並べ立てているが、この管理人は考えている以上に情の篤い人なのではないかと思った。

ソウシは思い切ってこの地域一帯のことを尋ねてみることにした。

「この辺りはほんとうは、禁足地ではなかったんですか。」

すると髭面の管理人は、また鋭い視線をソウシに向けた。

「おお、よくわかったな。
 昔から修験者の修行の山ということで女人禁制だが、
 常人でもみだりに入ってはならんというのが、
 ここのしきたりだった。」

水地神社を含むこの一帯は、もともと鄙びた村で、山間部に点在する小さな村を統合した。過疎化と財源の問題で、村の合併によって観光地化し、客を呼ぼうと自治体が力を入れてきたらしい。山を一部切り開き、温泉地の拡大とインフラ整備がなされ、最近のスピリチュアルブームや登山ブームを見越して、由緒ある水地神社と峰が連なる山全体を宣伝したおかげで、パワースポットとして名が知られ始めたということだった。

「村の者は合併にも観光地化にも反対した。
 しかし、過疎化によって廃村になった村もあるし、
 山林の管理もできず、境界がわからんようになって、
 しかたなく話が進んでしまったというわけよ。
 わしの管理してる山だけは誰にも譲る気はなかったがな。」

男は一本薪を放り投げて暖炉にくべた。燃えさかる火が音を立てて躍り上がっている。

「観光地になってお客がくるのは嬉しくないんですね?
 あなたは。」

答えはもうわかっているようなものだったが、ソウシが恐る恐る聞いた。

「行儀のいい客ばかりじゃないからな。」

男はぶっきらぼうに答えて、顎髭を撫でた。

「好奇心と無知で、入っちゃならないとこまで入る。
 勝手に死に場所を求めて入り込む。
 おかげで、山は穢れた。

 わしは何も登山がダメだとは言わんが、
 山をよく知らずに軽率に入ってくる者に怒りを覚えるのだ。
 肝試しなぞ論外だ。」

ソウシは自分も責められているのをバツが悪い気持ちで受け止めた。もっとも彼は気乗りせずに、肝試ししようとした者たちに反対を唱えていたのだから、叱られるのが腑に落ちない思いもあった。

互いに長い沈黙になった。暖炉の中の火としとしと降る雨の音だけが聞こえる。ときどき風が吹いて窓ガラスがガタガタ音を立てた。

ふと男は意味ありげにソウシを上から下まで眺めた後、こう言った。

「なぁ、若いの。
 おまえさんは霊感が強い。
 そうなんだろう、ええ?」

意外なことに驚いてソウシは頷いた。

「やはりな。」

「霊感というものを信じていらっしゃるんですか。」

ソウシの語った奇異な話に疑い深かった男が、霊感を肯定的に考えているとは思わなかったのだ。が、男はため息のような息を一つついてから言った。

「山にいるといろんな不思議に出会う。
 現実のこととは思えんような、摩訶不思議なことにな。
 さっきのおまえさんの話じゃないが。」

信じたくなくても、説明のできないことがあるという認識はあるらしい。

「あなたの後ろにいる・・・その・・・霊たちが、
 あなたに感謝していると言ってます。」

霊感というものを全く信じない人になら伝えようがなかったことをソウシは安堵してやっと伝えることができたと思った。髭の男はそれには頓着せず、

「じゃあ、この山に来たときから感じ取っていたんだろう?
 おまえさんの途方もないさっきの話でも、
 ミズチがここの水地神社と関わりがあるとわかったはずだが?」

と言った。水地神社の水地が、ミズチと呼ばれていたあの大蛇と同じものかと、ソウシも肉体から離れた姿でさまよったときに気づいた。実際に遭難していた山道で襲われそうになったのも、あのミズチに違いないのだ。そういえば男はさっきのソウシの話を荒唐無稽とは言っても、夢だと断定はしなかった。

「もしミズチが水地神社のご神体なら、
 俺が見たものは、ただの夢じゃなく、
 時代を超えた本当の逸話だったんでしょうか。」

霊をよく見るとはいえ、ヤエやレンを見たのは明らかに現代ではなくかなり古い時代であり、時を超えてまで霊視するのはソウシにとってはこれまでなかったことだけに自信はなかった。

「さあな。蛇はともかく、
 龍が人に変化するかどうか、わしは知らんし、
 龍というのは架空のものとされているから、
 あんたの話を鵜呑みにするわけにはいかんが、
 そういった伝説は確かに残っている。」

「伝説があるんですか!?」

驚いているソウシを横目に、髭面の男は意を決したように丸椅子から立ち上がった。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/01/29 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)