水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
はじめに
次の小説を構想中です。しばしお待ちを…。

TOPページではブログ仕様で、新着記事順ですが、
【作品リスト】から小説タイトルをお選び頂くと、順を追ってお読み頂けます。
1章ごと《続きを読む》から本文全文をお読み下さい。
【作品のご案内】 ← 作品のあらすじ等は、こちらをご参照下さい。
尚、当ブログ作品の無断使用・転載は禁止しております。

勾鱗奇譚 (16)

パチパチと何かがはぜる音がし、熱が伝わってくるのを感じて、ソウシはだるそうに目を開けた。見慣れない場所、古い粗末な家屋の中にいて、板敷の床に毛布を何枚も重ねて彼自身も毛布にくるまれて転がっているのがわかった。だが、頭の中がすっかり混乱していてどういう状況にいるのかさっぱり呑み込めない。

はぜる音は古風な薪ストーブ式の暖炉にくべた薪の燃えさかる音で、ちらちらと揺れる炎の影が側壁の上で揺らめくのをぼうっと眺め、ゆっくりと身をよじったとき、

「ああ、目が覚めたか、若いの。
 まったく。勝手に人の土地に入り込んで穢しおって。」

と、苦々しい口調で誰かに話しかけられ、びくっと震えるほど驚いた。髭面の男がいかめしく眉を寄せて不機嫌そうに、暖炉の横で薪をかかえて立っていたのだ。陰になっていて気付かなかった。

「泉の傍に倒れとったのをここまで連れてきたんだ。
 覚えておらんのか。」

髭だけでなく、袖をまくりあげた腕も毛むくじゃらの熊のような男が言った。体格も大きく、声も野太いため、ソウシは威嚇されているような気がして小さくなった。

「村の青年団から夜に連絡があってな、
 どうやらうちの山に若者が迷い込んで、
 山道で遭難しているらしいから、
 様子を見に行ってくれと頼まれたんだ。
 一人でおまえさんを運ぶのは骨だったが、
 背が高いわりには痩せっぽっちだから、何とかなったわい。」

そう言って暖炉に薪を一本二本とくべた。男が言うには、泉のあるこの山は男の私有地で代々守ってきたもので、この小屋のような粗末な建物はもともと木を伐採するときに使う道具を置いておいたり、山の手入れをするために簡易的に寝泊まりするためのものだった。ソウシが倒れていた泉からは程近いとも言った。

「体が冷え切って、低体温になりかかってたからな。
 半袖の薄着で山ん中に一晩いて、雨まで降られりゃ、
 死んでてもおかしくないってのに。
 よくくたばらなかったもんだ。」

髭の男はソウシの父親よりは5つ6つ年かさだろうか、親から叱られている気分で、

「すみません。
 お世話をかけて。」

と、ぼそぼそと返した。よく見れば、暖炉の傍にはソウシの着ていたTシャツとズボン、おまけに下着まで干されていた。倒れて意識を失っているときに、脱がせて洗って乾かしてくれていたようだ。

「あの、ほんとにすみません。」

ソウシはもう一度、今度ははっきりと謝った。男は何も言わなかった。暖炉の上に乗せているヤカンがシュンシュンと湯気を立て、男はマグカップに湯を注いだ。それからソウシのところに持って行き、黙ったまま差し出した。彼は身を起こして、裸の肩に毛布をひっかけてから、礼を言って受け取ったのは熱いコーヒーだった。啜ろうとしても舌が火傷しそうで、一口喉に通すまでに時間がかかったが、胃に入ると芯から温みが伝わり、やっと生きている実感がした。

「で、おまえさん、一体あの山で何をしとった?」

髭の男の問いに、ソウシは昨夜からのことを思い起こそうと努力しながら話した。何しろ、あまりにいろんなことがありすぎた。どこまでが現実なのかさえ怪しいし、また信じてもらえるかわからなかったにしても、正直にすべてを語るしかなかった。

肝試しから話し始めるとすぐに男は嫌悪したように、

「バカなことをしたもんだ。」

と侮蔑したが、後は黙って聞いていた。

斜面から滑り落ちた後のことをどう話そうか悩んだ。なぜあの場にとどまらず、奥の泉のほうまで行ってしまったのか、不思議な体験を抜きに話せるか自信がなかったのだが、髭の男が突然口をはさんだ。

「奇妙なことをしとっただろう、おまえさんは。
 和紙と塩の塊が濡れたまま残っていたぞ。
 その周囲に、塩を撒いていたらしい形跡があったが。」

鋭い視線をソウシに投げかけて男が言った。ソウシは口ごもった。霊感があることで、これまでおかしな言動だと人から揶揄されてきた過去があるだけに、ここで実際にあったことを話しても、一喝されて罵られるのではないかと臆病になった。

「塩は結界のつもりか。」

髭の男が誘い水をかけてきた。ハッと顔を上げたソウシは、目の前の男が信じようが信じまいが、ありのままを話す気になった。昔、彼を可愛がった祖父には何でも話せたように、この人も不思議な話を否定はしないかもしれないと。

相変わらずパチパチと暖炉の中で火の粉が弾けて音を立てている。長い長い話だった。ソウシはマグカップで両の手を温めながら、夢か現かわからない、自分が幽体のような形で見た龍と大蛇の話にまで及んだ。全てを語り終えたとき、髭面の男は大きく息をついて言った。

「まるでお伽噺か、小説だな。
 自分がヒーローにでもなったつもりかね。
 荒唐無稽だ。」

事も無げに返された言葉にソウシはガッカリした。ひょっとして彼の話を信じてくれるかと期待していたのだが、本気に聞いてはもらえない。それともやはりあれは闇と孤独の恐怖から作り上げた夢の出来事だったのだろうかと疑った。

「ところで、一体今何時なんでしょうか。」

ふとソウシは自分がどのくらい目を覚まさずにいたのか気になった。ゼミの仲間や教授たちは今頃どうしているのか。

髭面の男は腕時計を見て、

「まだ明け方だ。
 白み始めた頃だが、雨のせいで暗いな。
 あんたが遭難してから半日もたっておらんよ。」

と答えて、戸口を半開きにしてみせた。雨はやや小降りになっているようだが、靄がかかっている。

 明け方か。
 何日も過ぎたような気がするのに。

左足の痛みのせいでなく、体全体がほとほと疲れ切っている。そこでやっと自身の体のことに気づいた。着ていた物を全て脱がされているので当然毛布の下は裸のはずだ。ソウシはそっと毛布の中を覗いて確かめた。電球一つの薄明りの中でも、体のあちこちに痣ができているのは見て取れる。腕にはいくつか絆創膏が貼られていた。そうとう痛めていた左足は湿布して包帯が巻かれていた。

「あの、これ・・・手当はあなたが・・・。」

「左足首がだいぶ腫れて熱をもっていたが、
 折れてはなさそうだ。
 話を聞いた限りじゃ、あの斜面をあの高さから転げ落ちて、
 よくその程度の傷ですんだな。奇跡的だ。」

「ご厄介かけてすみません。」

「救出したことは村には無線で伝えてある。
 おまえさんの宿泊しているところにも
 連絡がいっているはずだ。
 誰か迎えを寄こすことになってる。
 心配いらん。しばらく寝ておればいい。」

男は素っ気なく淡々と告げた。


 人気ブログランキングへ ←クリックして頂くと励みになります♪ 

※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/01/26 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)