水色書架

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勾鱗奇譚 (14)

中空から見下ろしていた龍はゆるりと体をくねらせてミズチの後を追った。ミズチの声が聞こえる。

「わしのものじゃ。
 この一帯を手にするのはわしじゃ。」

喜びに喘ぐガラガラとした響きだ。龍は川面に近づき、ミズチと並行になると、

「何の戯言か?」

と問いかけた。ミズチはらんらんと光る目玉だけをギョロリと龍に向け、

「来たか、龍の若造、教えてやろう。
 あそこに捧げられたものを手にすれば、
 水神としてここを全き統べることができる。
 
 そちも試してみるか。
 どちらが水神と呼ばれるにふさわしいか。
 それとも、女子にうつつを抜かしてできぬか。」

と、嘲って挑発した。怒りに血が沸き立った龍は、負けじと飛ぶ勢いを増した。目指すは積まれた供物だ。ミズチが鎌首を上げ、一気に供物に突っ込もうとすると、龍は前脚の鋭い鉤爪ではねのけ、大蛇は再び持ち上げた鎌首で龍の尾を噛もうとした。二つの巨大な影がぐるぐると絡みつき合い、互いの牙をむき出しにした。

龍が暴れると、先ほどまで満天の星が煌めいていた空に雲がわき立ち、突風が吹き、川はごうごうと波立った。川べりにあった供物が押し寄せてくる川の波に呑まれて次々と沈んでいく。それをミズチが喰らった。龍は川べりに残っていた戸板にある麻袋を見つけ、水に呑まれる前に手にしてしまおうと、一気に麻袋を咥えて歯を立てた。 かけられていた注連縄がちぎれて落ちた。

その瞬間だった。龍は目を大きく見開き、全身を激しく身震いさせた。

「な・・・。」

激しい龍の動揺とともに、急に魂が分かれたかのように、押し込められてきたアマノ・ソウシの意識が戻り、そして龍本体から弾き飛ばされた。今、ソウシは龍の背後から龍やミズチ、村全体を眺めている格好になった。

龍の全長は20メートル以上あるだろうか、しなやかに動いてはいるが、身震いしたときに、彼の鱗までもが剥がれ落ち、ところどころ艶のない肌身が見えていた。そして落ちていく多くの鱗は風に乗って、川といわず村のあちこちに散っていき、地面に着くや小さな旋風を起こした。

鱗が剥がれて力を失ったのか、龍はよろけながら空を漂い、大きな口に咥えたままの麻袋からは何か黒っぽいものが滲みだしていた。村一帯に巻き起こった旋風は田畑を荒し、民家の板屋根を吹き飛ばして村人の悲鳴があがっていたが、それらに混じってミズチが高笑いする声が響いた。

「してやったり。
 愚かな龍が人を喰らいおった。」

さてはミズチの罠だったかと龍は悔しがったがもはや遅い。咥えた麻袋から血が滴りおちている。しかもこの血の主が誰であるか、もう察しがついていた。渾身の力で泉のある山に向かい、清い水が湧きだす泉に着くや、麻袋を丁寧に地面に置いた。龍は人の姿に変化し、急いで麻袋を引き裂いた。

おびただしい血を流して出てきたのは、白衣姿のヤエだった。鮮やかな赤い血が真っ白な衣を染め上げていく。龍の男レンはヤエをかき抱き、

「なぜじゃ、ヤエ。
 なぜそなたが貢物になったのじゃ。」

と、大声をたてた。ヤエの喉や胸元から血が噴き出している。レンが傷口を塞ぐつもりで手を当てたが、その手から血が溢れてくる上に、レンの体も血で染まっていく。

息も絶え絶えになっているヤエは目を細め、ゆっくりと片腕をあげて、レンの顔を撫でるようにして確かめた。レンの口にも血がついている。ヤエは何か言おうとして唇を動かすが、喉に詰まっている血を吐き出すだけで、言葉にならない。

「人柱か。
 そうなのだな?
 丈夫な橋を作るために人柱になった。
 そうであろう?」

畳みかけるようにしてレンが問うた。ゴホゴホと咳き込むごとに血の塊が飛び出るヤエを抱えたまま、レンは自分の腕から一片の皮を剥いだ。皮は手の平ほどの一枚の鱗に変わり、それをヤエのぽっかりと開いた喉の傷口に押し当てた。

鱗が振動して、娘の声がどうにか言葉として聞き取れるほどになった。

「レン様、お許しくださいませ。
 人柱には私が望んでなったのす。」

荒い息をしながら娘がか細い声で答えた。鱗を多く失ったせいで人の姿になってもレンの全身は傷だらけだったが、しっかりとヤエの体を抱き、切なそうな唸りをあげた。

弱々しく不規則な息遣いをしつつもヤエはレンの腕の中で語ったところによると、よそ者のヤエの家族がこの村に住むことができたのは、ひとえに先代の領主が細工師としての父を引き立ててくれたおかげで、また身寄りがなくなった今も、目の見えないヤエを村に置いてもらっていた恩がある。働くことのできない自分が唯一できることは、身を清め人柱になって水神を鎮めることだと言う。

「愚かな。
 命と引き換えに村を守ると申すか。」

「川の氾濫さえなければ、人も田も救われまする。
 水神様の荒御霊を鎮めることが私の最後のご奉公。
 どうかこのまま私を川に流してくださいませ。」

「ならぬ。
 ならぬ。」

レンは駄々をこねる幼子のように哀願するヤエを手放すまいと抱く腕の力を込めた。娘の願が水神への人身御供だったとわかり、やるせない気持ちを抑えることができなかった。確かに禊で浄めたヤエの体はミズチの穢れを取り除き、水神としての格を高めて鎮まるには違いないだろう。しかし、すでに浄めた体から流れた血でその身が穢れてしまっては、どれほど効力があるかと疑問だった。しかも、穢してしまったのはレンなのだ。

そこへ淀んだ沼の生臭い匂いとともに、禍々しい声が山にこだまして聞こえてきた。

「情が移ったか、若造。
 その女をよこすがいい。
 まだ生温かいうちに。」

物欲しそうな大蛇の呼びかけに、レンの目が怒りに燃えた。

「未熟な龍が人を喰らわば、どうなるかわかっておろう。
 龍神にはもはやなれまい。
 永遠に暗い地を這うがいいわ。」

ガラガラと気味の悪い音を立ててミズチが笑った。大蛇にとっては浄めの娘が血で穢れ、龍も人を傷つけたことで穢れたため、どちらも脅威にならなくなったのだ。執念深く狡猾な大蛇の思惑にはまったというわけだ。

今や龍の怒りは頂点に達した。にわかに暗雲が立ち込め、稲妻がいくつも走った。突風が起こり、雷鳴が轟く。レンの長い黒髪が逆立って鋭い目は人のものではなくなっていた。怒りの矛先はミズチだけでなく、娘をむざむざ人身御供に差し出した村の者たちにも向いていた。雷と嵐がそれを象徴していた。

これらの様子をソウシは龍の男の後方から見ていた。背後霊であるかのようにだ。実体がないため彼らを助けることもできない。そもそもこれは夢か何かの映像ではないのかと疑いながら。

ずるずると重い鈍い振動が伝わってくる。ミズチが泉の傍近くまでやってきている。

「観念して、女をよこせ。」

生臭い息を吐きながら大蛇が這ってくる。

「よこせ。」

レンはヤエを懐に隠すようにして庇った。娘は苦しそうな息遣いをしていた。一帯に降る雨がきつい。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/01/20 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)