水色書架

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勾鱗奇譚 (12)

ある雨の日だった。その日もヤエは編み笠をかぶり、蓑をまとって泉までやってきた。草履履きの足元が滑って転げそうになるのをどうにか大弓で支えたが、用心しながら歩を進めていたため、泉に着くのはいつもよりずいぶん遅くなった。レンは龍の姿で叢に身を潜めたまま待ちくたびれていた。

強い風雨にさらされ、普段は澄んだ水が濁っていても、娘はいつもとまったく変わらず禊をつとめた。レンは不思議だった。どのような願いを込めて、こうまでして通っているのか、龍の存在を身近にしながらなぜ彼に願わないのかと。滝行と紛うほどのどしゃ降りの雨が、娘の姿を覆い隠さんとしているかのようで、実際溺れるのではと龍は目を離すことができなかった。

激しい雨の音は山々にこだまして恐ろしいほどの響きをもたせていたが、寧ろそんな中での、たった一人の小娘の真摯な祈りの姿の方が気迫を感じさせ、龍であるレンですら、禊を終えた娘に声をかけるのも憚られたほどである。だが、人の姿に変え、娘の傍に近寄って背負ってやったとき、彼の背に頼るヤエは打って変わってたおやかであった。

「体は大丈夫なのか。
 弱ってはおらぬか。」

レンはあまりの荒行に耐える娘が心配になり、背中越しに問うた。傘と蓑をまとった娘は、はいと頷くだけである。その日は何も語らず、村へヤエを帰してやると、レンは龍の姿のまま村の上空を浮遊して一巡した。いくつかの壊れた橋は片付けられている。その代わりに、新しい材木や石が大量に積まれていた。

「新しい橋を架けるつもりなのだろうな。」

雨にも関わらず、傘と蓑をつけた数人の男たちが川べりにいて、雨によってさらに水量の増した川の流れを恐ろしげに眺めながら、

「今度こそ丈夫な橋を作らねばならないが、
 うまくゆくだろうか。」

「御領主様の面目がある。
 なんとしてでもやらねばならん。」

などと、深刻な面持ちで相談していた。龍は雨の霞に紛れていて、ヤエほどの勘の鋭い者でなければ、その存在を気づかれることはない。悠々と彼らの頭上を通り過ぎて泉のある山に向かった。

「柱の奉納・・・」

「準備は進んで・・・」

男たちの声がわずかに耳に残ったが、今度は山に近づくにつれ、覚えのある生臭い匂いが立ち込め始めたのに気付いたレンは、敢えてその元となる場所に向きを変えて飛んだ。長い胴体をくねらせ、木々の間を縫っていくと、下方にうごめく大きな黒い塊を見つけた。向こうも待ち構えていたのか、らんらんとした目玉をレンに向けたが、攻撃はしてこなかった。その代りに、

「落ちぶれたものだな、龍の若造。
 背に人を乗せたか。」

と、女とも男ともわからない例の声が地鳴りのように響いてきた。

「ふん、ぬしに言われることではないわ。
 俺が望んで乗せたまでよ。」

「しかも若い女だ。わしは女の匂いには敏感でな。
 なによりの好物だ。」

「その好物の女に、いつぞやはしてやられたではないか。
 ミズチよ、忘れたわけではあるまい。」

「ああ、まったく油断したわ。
 しかし逃したとなれば尚のこと欲しくなる。」

ミズチの口からは物欲しそうに赤い舌がチロチロと出たり入ったりしていた。と同時に、生臭い臭気が立ち込める。

「そうはさせぬ。手を出すな。」

龍が気炎を吐いた。

「またわしの毒牙にやられたいか、若造。
 所詮、おまえはまだ未熟な龍。
 わしに刃向うなど己の身の程を知るがいい。」

ミズチが言うや鎌首を素早く動かして、龍の首回りを狙い定めて噛みつこうとした。龍は身をかわし、鉤爪でミズチの首を薙ぎ払ったが、ぬるぬるして滑る。とぐろを巻いていた塊がほどけ、伸び上がって龍に向かってくるのに対し、龍もたてがみを逆立てて風を起こした。

両者が諍い合うと山は必ず荒れる。激しい風雨はますます酷くなり、地鳴りを起こして山々から流れる川を氾濫させる恐れがあった。龍は今見てきた村やヤエのことを思い出し、雲を湧き出させるとその中に身を隠し、衝突を避けて泉のある山へと去った。

「尾を巻いて逃げるか。
 まぁ、よいわ。
 そのうち決着がつく。」

嘲るミズチの轟く声を聞きながら悔しさと怒りがこみ上げるのだが、このまま戦い続ければ、すでに水量の増している川が山のあちこちで溢れ、地滑りを起こすだろう。そうなればヤエのいる、山々と川に挟まれた村はひとたまりもない。以前ならば気にせずミズチの挑発に乗っただろうが、今やレンには、この村をヤエのために守らなくてはならない使命感が芽生えていたのである。

ミズチという大蛇の物の怪は古くからこの地方の山に棲みついていた。水と地を掌握し五穀豊穣の神として村の神社に祭られているのもこの大蛇である。敬いというよりは、村人にすればただ恐れおののいて祀り上げたというのが本当のところだ。大蛇を水神として祀っていれば荒ぶる行いも鎮められるとの考えからだった。

そこに龍がいつしか棲みついた。連なる山々の中でも、清い湧水の泉のある山にである。

「ミズチはこの泉には来ない。
 普通の蛇ならばともかく、
 濁った水と欲望に馴染んできた奴めには
 清らかさが苦手なのだ。」

じめじめした湿地と日陰を好むミズチにとって、日当たりのよい泉は忌まわしい場所らしいが、龍にとってここは居心地が良かった。

龍はミズチから離れるついでに、自らの体を捻じらせて激しい雨を降らせている雲までも引き寄せ、遠くへと運んだ。すると村の上空は急に晴れ間ができ、星々の煌めきを見せ始め、数日後には満月になるであろう月も薄雲の合間から顔をのぞかせた。

「これで少しは増水を抑えられよう。」

レンは、ヤエの願掛けの手伝いをしたつもりでいた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2013/01/12 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)