水色書架

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勾鱗奇譚 (7)

再びソウシたちは石段とは反対の奥へ向かって行った。手を伸ばして遠くまで光を飛ばしてみると、前方の木立の間に実体のある人影が見えた。

「マドカ!」

ミノリが精一杯声を上げて呼びかけたが、マドカの様子がおかしい。明かりもないのに、ふらふらと歩いている。まるで何かに誘われているかのようだ。ソウシはメガネをずらしてマドカの周辺を見透かそうとした。すると、彼女の体に霊体が巻きついているのがわかった。しかも複数だ。

ソウシは駆け出した。上り坂が急になってきている。足元もだんだん悪くなっている。なのに、なぜマドカはあんなに離れたところまで行ってしまえたのかと不思議だった。やっと追いつくかという直前のことだ。マドカの体がゆらりと揺れ、足を踏み外して道から急な斜面へと滑った。慌てて屈んで、片方の手で彼女の腕を掴んだ。

ところが、ものすごい勢いでソウシともども下に引っ張られそうになった。

 いる!
 マドカの足を何かが引っ張ってる!

ソウシはライトをその場に置いて、今度は両腕でマドカを引っ張り上げようと試みた。そのうちミノリたちも追いついてきて、救出を手伝った。

霊体は諦めたのだろうか、不意に引き上げる感触が軽くなった。マドカもどうやら我に返ったらしく、

「助けて。」

と、か細い泣きそうな声を初めて出した。

道の真ん中までマドカを引きずってやっと安堵した。

「誰かが『こっちだよ』って囁いて、
 手招きするからそっちについて行ったのまでは覚えてるの。
 そうしたら、急に足に何かが触れて、
 引っ張られたのよ。」

そう言って、彼女は震えながらすすり泣いた。聞いていた3人、特にミノリと男子学生は雷に打たれたように驚き、怖がった。ソウシにはそれが何物なのか、漠然と知っていたが、まさか実際に害を為すとは思わなかった。改めて斜面にライトを当てると、そこは途中から崖のように岩肌が剥きだしになっていて、その先が暗くて見えない。高い位置に自分たちがいるのがわかってぞっとした。

「行こう。
 こんなとこにいちゃいけない。」

ソウシが口火を切った。マドカを立ち上がらせてやると、彼女のサマーセーターに穴が開いて、裂けたように広がっている。胸元があらわになっていたため、ソウシは自分が着ていたダンガリーのシャツを脱いで羽織らせた。

ライトを持っている男子学生を先頭に、マドカを庇うようにしてミノリが続き、ソウシもライトを拾って一番後ろを歩くことにした。もはや誰も口をきかない。ただマドカが啜り泣いているだけだ。

ソウシだけが気づいた。マドカを引っ張った霊体がまだ近くにいることは。彼はウエストポーチから塩の包みを出し、そっと後ろから3人に塩をふりかけた。ミノリが勘付いたのか、あるいは、臆病になっているだけなのか、背後をちらりと振り返ったが、ソウシは構わず歩くようにと促した。

霊体はまだいる。メガネをずらしながら用心し、彼は小型の懐中電灯をポーチにしまった。4人が固まって歩いていれば一番後ろにいてもライトなしで歩ける。それより、もしまた誰かが崖から落ちるようなことにでもなったとき、両手が使えるほうがいいと考えたのだ。

霊体は意外に早く反撃してきた。今度はミノリにちょっかいを出してきたらしい。マドカに比べればずっと安定感のありそうな体が急に、何かを避けるような動きをした。

「嫌っ! 何?」

ミノリが弱々しい叫びをあげるや、すぐ後ろを歩いていたソウシにぶつかり、その拍子に今度は彼がよろめいた。

狙い澄ましていたかのように、冷たい何かがソウシの踝辺りに触れてきた。それは手のようでもあり、縄のようでもあり、きつく掴まれたかと思うと一気に険しい斜面の下へと引きずられ、ソウシは滑り落ちた。 草でもなんでもその辺にあるものにすがろうとしたところで無駄だった。

怖さで身をすくませている3人の姿が、懐中電灯の明かりの影で縁どられて見え、彼らは口々にソウシの名前を呼んでいる。助けが欲しいのはやまやまだったが、手の届かないところまで落ちていた。

「俺に構わず、早く帰れ!
 早く行け!」

それだけ叫ぶのが精一杯だった。彼らまで巻き添えにするわけにはいかない。加速して転げ落ちていく。したたかに全身のあちこちをぶつけて痛みが走る。

 俺はこのまま落ちて死ぬのか。

死への恐怖もよぎったが、激しい頭部への衝撃でいつしかソウシは意識を失った。

そして、気づいたときにはどこにいるのかも定かではない、孤独な闇の中に今いるというわけだ。

 あいつら、無事に帰れたのかな。
 ケータイの電波が繋がりにくいんじゃ
 尋ねることもできなかったんだが。

石段まで戻らなくては魔物の手から逃れられない。悪ふざけした男の方はどうなったって構わないが、優しいマドカや、お節介だが気のいいミノリまでこれ以上怖い目に合ってほしくないと、ソウシは祈るような気持ちでいた。

だが、そんな悠長なこともしていられない。気温はどんどん下がり、全身がぶるぶると震え、歯の根が合わずにガチガチと鳴った。傷だらけの腕で片膝ごと抱え込んだが、なんの保温にもならない。

 明日の朝まで持ちこたえられるかどうか。
 ここでもう俺はダメなのかもしれない。
 
だんだん弱気になっていく。もともと強気でいたわけではない。肝試しだって不本意だったのだから。ただマドカが参加すると聞いて、変な男気を出しただけだ。

 マドカは何とも思ってやしないだろうにな。
 俺はバカだ。

 でも、ここで果てても、マドカを助けたんだから悔いはない・・・か。

生きている感覚を失いつつあったとき、ソウシの嗅覚が敏感になった。吐き気をもよおしそうな生臭い匂いが彼の周囲に広がり始めている。そして土の上を何か引き摺るような重い音が聞こえた。彼は顔を上げ、音の源を探った。とたんに、金縛りにあった。

 動けない。

ソウシの視線の先には、真っ黒で巨大な塊があり、二つの光が浮かんでいた。

 光じゃない。目玉だ。

浮遊しているのではなく、地を這っている。淀んだ沼の臭いがする。

ソウシは唇をどうにか動かして、九字を唱えた。

「りん、ぴょう、とう、しゃ、かい、じん、れつ、ざい、ぜん」

しかし、巨大な黒い塊は、せせら笑うようにソウシの心に話しかけてきた。

「効かぬぞ。」

ソウシは肝をつぶした。男とも女ともわからない、低くもあり、甲高くもあるような気持ちの悪い声であった。一心に九字を何度も念じた。

「わしに九字なぞ効かぬわ。」

その瞬間、黒い塊が裂けたように見えた。裂けた部分が赤い。呑み込まれるかと思ったが、ぜいぜいという奇妙な音とともに、さらに生臭い息を吐きかけられたのだった。ソウシは生きた心地もない。どうすればいいのかわからない。幽霊にはさんざん嫌というほど出会ってきたが、こんな魔物のような存在に面と向かったのは初めてなのだ。体を動かすことはできないのに、心臓だけが躍り上がっている。

 落ち着け。
 この塊は実体じゃない。
 霊体だ。

恐怖で頭が攪乱するのをどうにか鎮めようと、ソウシは目の前の塊を睨んで観察した。

「おまえはわしが見えるのだな。」

得体のしれない塊が言った。じわじわと近づいてくる。塩でつくった結界の前で止まった。

しかし、この塊には塩の結界が、しかも、修行者がつくったわけでもない稚拙な結界が、役に立つとは思えなかった。

 逃げるしかない。
 なんとか動かなくては。
 でも、動いたとしてもこの足で走れるか。

挫いたか、骨にひびが入ってるかわからない負傷した左足が気にかかった。ずっと疼き続けているのだ。

一瞬の油断も命取りになると直感して、ソウシは塊から目を離さず睨み続けた。しかしまだ金縛りが解けない。ふとソウシの頭には一つの単語が思い浮かんだ。

 丹田。

ミノリにぐりぐりと拳を当てられた感触を蘇らせ、深呼吸してから臍の下にぐっと力を集中させ、背筋を伸ばすことだけを考えた。

 動く。

そう意識したと同時に、素早く体が動いた。ソウシは結界に使っていた塩を土ごと掴んで、塊に向かって投げ、渾身の力を振り絞って巨大な霊体とは反対方向へ逃げ出した。彼が向かった先は上り坂になっていて、山の奥深くに入り込んでしまうことになる。迷うかもしれない。あるいはそれが塊の魔物の狙いなのかもしれない。なぜなら、その行く手はあれほどソウシが避けたがっていた、影の覆う山だったからだ。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/12/28 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)