水色書架

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勾鱗奇譚 (5)

塩を供え、結界をこさえた内側で、挫いた左足を伸ばしたままソウシはじっとしているが、取り巻くように怪しげな気配が集まり始めているのに彼は気づいていた。これらはまだ大したことはない。結界の中には入れない類いのものだからだ。だが、彼が、来るなと強く念じているものが忍び寄ってきている。神社の背後の山を覆っていた影の本体に違いないと確信していた。

塩を持ち歩くのは、見知らぬ土地に行くとき、用心に備えてのことだ。霊感の強いソウシはどうしても霊体を引きつけてしまうため、浄めと祓いの意味を込めて粗塩を和紙に小分けして包んで携帯するようになった。強力な効果があるとは言えないが、しのぐことはできてきた。身動きのとれない環境の中、今夜はどの程度防げるのかわからない。

重い空気が辺りに垂れ込め、ますます寒気を覚える。震えが止まらなくなってきた。それでも、恐怖に引きずられては負けると確信しているソウシは、無理にでも回想に耽る努力を続けた。

合宿二日目の今夜のことだ。予定外の肝試しを突然誰かが提案したのは、飲み会が一段落してからだった。酔っていたことと、親睦が深まってノリが良くなっていたせいもあるのだろう。女子学生たちも表立っては非難の声を上げつつも、合宿の最後の夜を楽しみたい気持ちがあったに違いない。何人かが同意した。

マドカは明らかに気味悪そうにしていたが、夜の水地神社付近をぐるっと回って帰ってくるだけで、みんなでまとまっていけば怖くないなどと男子に口々に誘われて迷っているらしかった。

 マドカが脅えてしがみついてくるのを期待してんだろ、こいつら。

遠目から様子を窺っていたソウシは面白くない。ミノリは怖そうにしていたものの、マドカに自分も行くから大丈夫だと説得していた。とうとうマドカも折れて行くことにしたとき、ソウシはたまらず声を上げた。

「やめとけ。
 こんな夜に、神社の近くに行くのは。
 何があるかわかんねーぞ。」

研究発表ですら教授に聞き返されるほどの声しか出せないというのに、ソウシが大勢を相手に声を出すのは珍しいことだった。誰もが一瞬ビクッと驚き、束の間の沈黙とともに一斉に視線を彼に向けた。ソウシは我に返って顔を赤らめた。

 みんなして、そんなにこっち見んなよ。
 ミノリも口開けっ放しで、バカ面になってんぞ。
 
そして、マドカまで目を見開いているのに気づくと、一層顔が熱くなった。

「なんだよ、アマノ。
 怖くてビビッてるんだろ。
 だったら、おまえは行かなくていいんだぞ。
 有志だけで行くんだからさ。」

しばらく間があってから男子学生の一人がソウシに悪態をついた。

「街中と違って、この辺は外は真っ暗なんだぞ。
 一歩も歩けるもんか。」

今度はさっきより声を落としてソウシが返した。彼の脳裏にあるのは口にした心配とは別の心配だ。沢べりにいたときに見た山にたなびく薄暗い影、金縛り、絶対にあの神社の近くには何かがいる。人に好意的な存在ではないことは確かで、夜更けに徘徊する人間を果たして何の害も与えずにいるだろうかと疑った。

そんな彼の非現実的な物思いに他の者たちが気づくはずもなく、

「なんだ、そんなことか。
 懐中電灯ならあるぞ。」

と答えるや、宿泊施設の売店で売っていた土産物の小型ライトを何本も出して、得意げにテーブルに置いた。おおっと歓声が上がる。

 ライトを買ってまで用意しやがって。
 肝試しする気満々だったんじゃねーか。
 それにしたって、こんな小さいライトで、
 どれだけ役に立つってんだよ。

今度はソウシは口に出さず、むっつりと唇を結んだまま、目の前のライトを見つめた。彼の前髪は俯くと顔の半分を覆ってしまうため、苦い表情をしているのを他からは気づかれないが、すでに行く気になっている者たちを止めることは難しそうだと悩んでいた。

 こいつらがどうなろうと知ったこっちゃないが、
 マドカや女の子たちをほっとけない。

盛り上がっているところでソウシが急に立ち上がった。またみんなが驚いた表情で彼を注目した。

 いちいち俺が動いたくらいでビックリすんな。

内心で吠えながら、ソウシは一旦、飲み会の大広間から泊まっている部屋に戻り、自分の荷物からウエストポーチを引っ張り出し、中に必要と思われるものを入れて腰につけると、また広間に戻った。怖がって逃げたのだろうと誰もが考えていたらしく、再び大広間にやってきたソウシを訝しそうに注目したが、それらを無視して彼は、

「俺も行く。」

と言うなり、テーブルの上に置かれている懐中電灯の一つを手に取り、

「行くんならさっさと行こうぜ。」

と、ドアの前に突っ立った。呆気にとられていた仲間たちも慌ててライトをつかみ、威勢よく立ち上がった。

勢い込んだものの、ソウシは全く気乗りがしなかった。たとえ、脅えた女子学生たちに抱きつかれるかもしれないと浮ついた希望を持つにしろ、それ以上に厄介なことが起きる可能性のほうを強く感じていたからだ。面倒に巻き込まれるのは御免だと施設での居残りを決めたところで、肝試しに行く面々のことを気にせずにいられるほど彼は冷たくはない。とっとと出かけて、何か口実でも見つけて途中で中止させればいいと腹を決めただけだ。

肝試しに参加する学生たちがぞろぞろと施設の外へ出た。結局、参加人数は思ったより少なく10人そこそこで、女子学生はマドカとミノリを含めて4人だった。外に出る寸前からキャアキャアと黄色い声を上げて、女4人が一塊になっている。それがむしろ、男たちを浮き立たせるのだ。

宿泊施設から神社までは、坂を下って平坦な道路に出たところに川がある。バーベキューをした沢の水はここに流れ、神社の下を流れる川と合流していた。夜空には星々が瞬いている。道路沿いには街灯が並んでいるため、ライトを使わずとも歩けたが、しばらく行ったところで神社の参道の橋を渡ると、そこから先は闇だった。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/12/22 10:40 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)