水色書架

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勾鱗奇譚 (3)

白い霞の玉は失せたわけではない。浄めの塩のせいで近づけないでいるだけで、森のそこここに潜んでいるとソウシは感じていた。片方のレンズがはずれたままのメガネではどのみち、霊体を見ずにすむことはできないだろう。彼はメガネをはずすと、ウエストポーチの中にしまいこんだ。

手を動かすだけでも、傷の痛みに目をしかめなければならないほどで、斜面にぐったりともたれかかると、目を閉じてじっとしていた。挫いた左足首がじんじんと脈打ち、熱も帯びている。

 俺一人だけ、こんな場所にいなきゃならないなんて。
 今頃、ゼミの仲間たちは居心地のいいとこで
 寝てるんだろうな。
 俺の無事もわかったことだし・・・。
 いや、大して誰も俺の心配なんかしてないか。

目を瞑ったまま、大きく息を吐いた。ゼミ仲間は単にゼミが同じというだけで、ろくに話したことはない。一人でいるのが常だ。今に始まったことではない。

中学、高校とそれなりに同級生とも付き合いながら、深く接したことがないのだ。子どものころから、妙なことを口走らないようにと親から言われた続けてきたことが尾を引いて、コミュニケーションに苦手意識を持つようになった。趣味のゲームのことなら話せるが、それ以外のことでは話を盛り上げられない。

それに、彼には友人の背後が見える。メガネを少しずらすだけで、面と向かっている人の背後に、この世のものではない存在のものを見つけ、また、その存在がソウシの霊感を見越して話しかけてくるため、無視するのにも苦労するし、かと言って、相手をすれば友人のほうで奇異な目をしてくる。人嫌いではないのに、人と接触するのが億劫になってしまうのは、やはり彼自身の敏感すぎる感覚によるものなのだ。

以前、いじめられていた同級生をソウシの特殊な感覚で救ったことがあった。被害生徒ではなく、加害側の生徒の背後についていた先祖霊が、何とか止めてくれないかとソウシに訴えかけてきたのだ。それはソウシが体育の授業前に、体操服に着替える際、メガネを一瞬はずしたときのことだった。できるだけ目立たず、いじめにも関わりたくなかったのに、ソウシは仕方なく仲裁に入った。

当然の成行きで、突然割って入ってきたソウシが犠牲になった。いじめられていた生徒は腰を抜かして震えながら見ていた。一発をくらいながらソウシは、相手の生徒に、先祖霊が心配していることを伝えたが、意味が分からないと余計ひどく殴られる羽目になった。

とんだとばっちりだとソウシは苦々しかった。いじめられていた生徒から感謝されることもなく、いじめていた生徒からは気味悪がられ、痛めつけられただけ損をしたのは自分ではないかと。だが、何か響くものでもあったのか、以来、加害生徒は暴力を振るわなくなった。霊に関わるのはつくづく面倒だ。

そんなソウシでも人並みに思春期以降の男であれば、女の子と付き合いたいと願うのは至極当然な成長の証でもあった。片思いの女子はいた。ソウシ自身は男子校に通っていたが、通学途中に出会う別の高校の女生徒で、笑顔が可愛かった。すれ違いざまにフローラルの香りが漂い、通り過ぎた後、鼻腔を拡げて香りを嗅ぐのが癖になった。

告白しようか真剣に悩み、何度も声をかけそびれ、悶々としたこともあったが、結局、何も言えず片思いのままで終わってしまった。

「はぁ。」

ソウシは胸をときめかせていたあの頃のことを頭に浮かべながら、今度は声とともに息を吐いた。

今回のゼミ合宿に参加したのには、ずっと一人ぼっちのままでいたくない気持ちが後押ししたせいもあるが、大きな理由は、憧れの女性が参加しているからだった。タチバナ・マドカ、ミスキャンパスの3位に選ばれたほどの美人で、乙に澄ましたところがなく、親しみやすさもある。

ソウシは普段、誰もいない空き教室に入り、買ってきたパンか弁当で昼食を済ますことが多い。ワイワイと賑わっている学食で一人食べているのが苦痛だからだ。が、ある日、珍しく学食で昼食を食べていたとき、マドカが相席を申し出てきたことがあった。昼時の学食は席を確保するのが難しいとはいえ、まさか暗そうな男の傍の席にやってくるとは思っていなかった彼は、不意のことで舞い上がった。

しかも、同じゼミでもソウシを覚えている学生がいるかどうか怪しいのに、マドカはしっかり覚えてくれていたようで、同じ講義を取っているという話を彼女から切り出してきた。快活に喋る彼女に対して、ソウシは高嶺の花であるマドカが目の前にいるだけで動揺し、ろくに言葉を交わせなかった。

 せっかくのチャンスだったのに、
 どうしてもっと愛想よく話せなかったんだよ、俺は。

と、後になって悔やんだものだ。もっとも、彼が意識するほどには、マドカのほうでは気にしていない。彼女は誰に対しても人懐こく接するのだから。

そんなこともあって、ソウシはこのゼミ合宿で、もう一度話す機会があればと淡い期待を抱いて参加したのだった。

30人ほどのゼミで、参加したのはソウシを含めて25人。一応、班別に5人ずつ5グループに分かれていたが、ソウシが飛び上がるほどに喜んだのは、憧れのマドカと同じ班だったからだ。憧れているのは彼だけではない。男子学生なら誰だってそうだ。少しでもマドカとお近づきになれるチャンスであるグループ行動に、いつもならくじ運の悪いソウシがマドカと同じ班になったのだから、気分が浮き立つのをどうしようもなかった。

 なのに・・・、何で俺はこんなところに、
 たった一人で。

ソウシはぶるっと身震いした。夜が深まるにつれ、山の気温がどんどん下がっているのだ。たまに吹き下ろす風を避けるものは何もない。半袖のTシャツ一枚では寒くて当然だ。夕方まで羽織っていたダンガリーのシャツがあればまだマシだったろうが、あれは崖から落ちる前にマドカに着せてやった。

 ああ、そういえば
 マドカが俺の服、身に着けてくれてんだ・・・。

何気なく思い起こしたことが、急にソウシを元気づけた。憧れの女性が彼のシャツに身を包んでいると考えると、男として興奮するものがあったのだ。

 細身のわりに、胸はでかいんだよな。

暗闇と孤独の恐怖に耐えるには、原始的な男性の本能を呼び覚まして気を紛らせるに限る。物の怪の気配がまた強くなってきたのを背後に感じ、瞼をギュッと閉じたまま、ソウシはマドカのたおやかな姿態を脳裏に描いた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/12/16 10:13 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)