水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
はじめに
次の小説を構想中です。しばしお待ちを…。

TOPページではブログ仕様で、新着記事順ですが、
【作品リスト】から小説タイトルをお選び頂くと、順を追ってお読み頂けます。
1章ごと《続きを読む》から本文全文をお読み下さい。
【作品のご案内】 ← 作品のあらすじ等は、こちらをご参照下さい。
尚、当ブログ作品の無断使用・転載は禁止しております。

勾鱗奇譚 (2)

夏とはいえ、山中での夜気はひやりと冷たい。斜面にもたれて力なく地べたに座り込んでいるソウシの近くでは、複数の怪しい霞の玉がまだうろうろと漂っている。鳥肌がたつほどの寒気を覚えるのは、夜気だけのせいではなく、これらがまとわりついてくるせいだ。

 くそっ!
 やけに数が多いな。
 ここが禁足地だからか。
 だから集まりやすいのか。

突然、ごおっと唸りを上げて一陣の風が森の木々を揺さぶった。ソウシの頭上で、てんでに枝が葉擦れの音を立て、無気味さが増していく。

やっておくべきことが彼にはまだ残っていた。懐中電灯を膝の上に置き、ウエストポーチの中を探り、小さな紙の包みをいくつか取り出した。中には塩が入っている。小分けして包んでいる塩は彼にとっては常備品だ。

包みを開いて、一つはそのまま地面に置き、それ以外の包みの塩はソウシ自身を囲むように撒いて、九字を切った。それから、今夜一晩、無事にこの山で過ごせるようにとの願いを声に出して、手を合わせた。すると、霞の玉は徐々に薄れ、ソウシの傍から遠ざかるようにして消えて行った。彼は大きく息を吐いた。緊張が幾分解けたのだ。

霞の玉の正体は霊体だ。霊魂と言い換えてもいい。ただここに集ってきているのは、幽霊だけでなく、土地についている精霊や物の怪も含む。この地は霊を呼び込みやすいのだとソウシは考えていた。そして、彼の儀式じみた作法は、山間の小さな村に住んでいた祖父に教えられたものだ。

「山には山の地の神がいる。
 海には海の神がいる。
 礼を失してはいかん。
 山や海に入るときは、
 許しを乞わねばならんぞ。」

信心深い祖父が幼かった頃のソウシに、そう言い聞かせていた。この世は生を受けたものだけが住んでいるわけではない。土着の原始的な神も、形が定かではない魂もいる。悪しき働きを鎮めることはあっても、排除できるものではなく、棲み分けしながら共存していかねばならないのだと教えられていた。

ソウシには生まれながらにして、特別な感覚が備わっていた。いわゆる霊感というもので、彼は敏感な性質だった。他の人には見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる。幼いときから、

「血まみれの人があそこに立っているよ。」

と、交通事故で亡くなった人のために花束が手向けられている電信柱の後ろを指差したり、公園の砂場で独り言を言いながら遊んでいるかと思えば、

「僕一人じゃないよ。女の子と喋ってたんだよ。」

と、打ち明けて、母親をひどく驚かせたものだった。そんなことが日常茶飯事で、近所の人たちからも気味悪がられていたため、両親はソウシに箝口令を敷いた。しかし、彼にとっては日常的でありすぎるがゆえに、どこまで話してどこまで黙っているべきことなのかがわからなかった。ソウシが何か口にするたびに、母親が神経を尖らせて黙らせようとするし、父親は不機嫌になる。

小学校に上がるようになってからは、両親の言うことをきいて、できるだけソウシは口を慎むようにしていたが、所詮子どもであり、見たもの聞いたもの体験したことを漏らす。それを信じて怖がる同級生や、嘘つき呼ばわりする同級生もいてトラブルになったり、いじめられたり、また担任の先生も彼の様子を親に伝え、医者に相談すべきではと打診されることもあった。次第に彼は寡黙になっていった。

やがて彼の内面の鬱々とした思いが彼の霊感をさらに刺激して、霊のほうでも彼に悪さを仕掛けるようになってきた。その障りで、熱を出したり、怪我をするようにもなった。

夏休みに祖父のいる田舎へ行ったとき、祖父は孫のやつれ具合が尋常ではないと悟り、ソウシを膝に乗せて、

「じいちゃんにだけは好きなだけ話していいぞ。
 おまえにはいろいろ見えているんだろうな。」

と、背中や肩を癒すように撫でて慰めた。このときソウシは堰を切ったようにわんわんと声を上げて泣いた。誰にも話してはならないと封じられていた辛さが一気に涙とともに溢れてきたのだった。

それからは祖父にだけは好きなだけ話した。その内容は不可思議で、時としておどろおどろしく、決して気持ちの良いものではない。祖父は黙って孫の話を聞き、その後で、

「ソウシ、人間にもいい人間とそうでない人間がいる。
 同じように、いい霊とそうでない霊もあるんだ。
 付き合い方を考えんとな。」

と説いて、神様、仏様、妖怪、鬼などが出てくる民話を話して聞かせた。そして、

「ソウシ、生身で生きている人間が一番強いのだよ。
 正しい行い、正しい心の在り方をしていれば、
 間違いなく生きている者のほうが強いのだ。

 よからぬ霊たちは、生きている人間が羨ましくてしかたがない。
 だから、寄りついたり、憑りつこうとするのだよ。
 そんなものに負けてはいけないんだよ。」

と、最後に付け加えたものであった。もっとも、そのあたりになると、幼いソウシは眠りに落ちかかっていたのだが。

祖父と一緒に村の鎮守の森に出かけたとき、山の神や土地の神の話を聞かされた。神域をみだりに侵してはならないとも戒められた。

「畏怖畏敬の念を忘れてはいかんぞ。」

祖父から厳かに告げられ、ソウシが足を踏み入れるとそこは異空間かと感じたほど空気の質感が違っていた。”何か”の存在を感じる。それはいつも彼に重くまとわりついてくる霊体とは別の、張りつめたような、それでいて柔らかく包み込んでくるような不思議な感覚に陥らせる”何か”だった。

奇妙なことを口走る孫を変人扱いしない、優しい祖父だったと今でもソウシは懐かしく思い出す。彼が高校生の頃に祖父は他界してしまったが、ときおり夢の中には生前の姿で現れる。決まってそれは彼の体調がすぐれないときだったが、祖父が見守ってくれている気がして安心したものだ。

思春期になった頃には、さすがにソウシも特殊な状況の話を周囲にしなくなった。相変わらず、霊らしきものは見えるが、彼の視力が落ちてきたとき、メガネを使い始めてから少しばかり状況が変わった。メガネをかけている間は、霊に関わらずにすむということがわかったのだ。決して特殊なメガネでもなく、安物のサングラスでも防ぐことができた。ソウシにとってメガネは、霊的存在に対するフィルターの役割をしているらしいのだ。その証拠に、視覚的なものだけでなく、幻聴のような霊からの囁きも聞こえなくなる。

メガネを着用するようになってからというもの、ソウシは身体的にも精神的にもずいぶん楽になった。やたらまとわりつかれたり、体の一部が失われて血まみれになっている姿を見なくてもいい分だけ、陰鬱にならなくてすむ。ただ、メガネを身に着けていることで怪しい気配は消せても、魔除けほどの力はない。執着の強い霊は、霊感をもつ彼に近寄りたがり、憑きたがる。なんとなく彼を孤独に仕向けているのはこれらの霊のせいではないかと感じていた。

メガネの縁にかかるほど前髪を垂らし、背はひょろひょろと高く猫背気味のソウシは、その180cm余りの上背から中学時代にバスケ部にいたこともあったが、馴染むことができず、いつもベンチを温めるだけの補欠要員で、校内でも常に目立たない存在だった。友達と呼べるほどの仲のいい友人はほぼ皆無だ。

大学進学してからも、一人でいることが多かった。暗そうで何を考えているかわからない奴、そう陰口を言われたことがある。それでも集団行動をしなくてすむ大学のほうが彼には気楽だった。一方で本心は、誰かと心ゆくまで他愛のないことを喋ったり、遊びに行ったりしたいと望む気持ちは強かった。好きで一人ぼっちでいるわけではない。そんな思いから、今回のゼミ合宿にも彼自身が変われるかもしれない期待を持って参加したのだった。


 人気ブログランキングへ ←クリックして頂くと励みになります♪ 

※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/12/13 11:11 ] 『勾鱗奇譚』 | TB(-) | CM(-)