水色書架

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もの憂げな三日月 (80)

アヤの結婚式が行われたのは、マナミがサトシとバーの帰りに月夜を歩いたあの日から1ヶ月後だった。教会で式を挙げ、ウェディングドレス姿のアヤは輝くような笑顔で眩しいほどであり、一見頼りなさそうだったクリハラも人が変わったように引き締まった顔つきで、右に傾きがちなアヤをエスコートしていた。

アヤの薬指にはめられている指輪は、クリハラが彫金した世界に一つしかない特別な指輪だった。よほど嬉しいと見え、新婦は何度も指輪を眺め、新郎にも視線を送っている。友人たちから冷やかしの言葉が聞かれるほど、幸せそうな二人だった。

式の後は近くのレストランを借り切って親しい人だけを集めた結婚パーティーが開かれた。気の張らない立食形式で、新郎と新婦は自由にゲストたちの間を祝福を受けながら歩き、クリハラの両親はアヤの兄サトシと挨拶を交わしている。30歳を過ぎた程度の彼が、アヤの親代わりをしてきたせいかずっと落ち着いて見える。マナミはかつてのクッキング教室での教え子たちと久々に出会い、お喋りに花を咲かせていた。

そのときに話題に上ったのは、姑に悩まされていたレナのことだ。レナは離婚したという。が、姑との確執が直接の原因というわけではないらしい。レナは他の男と付き合っていたのだと生徒の一人が打ち明けた。不倫が発覚したことが別れた理由だと聞かされて、マナミは暗い気持ちになった。それでも、ここに集った生徒たちは子どもを持ち、互いに赤ちゃんの写真を見せ合うなどして、同窓会さながらに盛り上がった。

パーティーも終わりに近づいたとき、育ててくれた親へ花束贈呈式になった。形式にとらわれない結婚パーティーだったが、これだけははずせないと新郎新婦がサプライズで準備したのである。クリハラの両親は、不肖の息子によくこんなお嬢さんが嫁にきてくれたと喜び、花束を受け取った。その横に、親代わりのサトシが居心地悪そうに立っている。アヤとクリハラが近づき、いよいよ花束を渡すとき、クリハラは神妙に妹さんを大事にしますと誓ったが、アヤはすでに目に涙をいっぱいためて、兄を見つめていた。

「お兄ちゃん、ほんとうに今までありがとうございました。」

後の言葉が涙声でうまく続かないアヤに、サトシは照れた赤い顔をして、

「一番めでたい幸せな日に泣く奴があるか、バカ。
 せっかく美人に化けたのに、化粧がとれちまうぞ。」

と、うろたえながら言った。アヤは今にも兄にしがみつかんばかりで、ありがとうを繰り返した。

「死にかけてたおまえが、
 今こうして立派な花嫁姿になってる。
 俺はそれで十分だよ。」

サトシもこみ上げるものがあるのか、語尾をぐっと飲み込んだ。そして、彼の声と言葉を聞いた誰もが胸を打たれ、参加していた女性たちは一様に目頭を熱くし、マナミも事の経緯を知っているだけに、この兄妹の絆を思い、瞳を潤ませていた。

「父さんと・・・その・・・母さんも喜んでると思うぜ。」

サトシの手にはいつのまにか、本棚に置かれていたはずの両親とアヤの3人が写った写真の小さな額があった。アヤの母親は彼にとっては継母で、一緒に暮らしているときも「母さん」と呼んだことはない。今初めて、サトシの口から、母と認める言葉を聞いたアヤは人目も構わず兄に抱きついた。会場はいつしか大きな拍手で湧き上がった。

規模は小さくても温かな結婚パーティーは無事にお開きとなり、新郎新婦は用意された車に乗って、みんなに見送られながら、一泊だけの新婚旅行に旅立って行った。やがて客たちもそれぞれ帰っていくうち、その場にはマナミと、アヤから渡された花束を抱えたサトシが最後まで残っていた。

「今日は来てくださってありがとうございました。」

まだ感動が胸に残っているマナミにサトシが声をかけた。招いてもらって礼を言うのはこちらのほうだとマナミが返すと、彼はアヤから貰った花束を差し出した。

「どうぞ。
 僕がこんなのを持って歩いているのも似合わないでしょう?
 あなたに差し上げますよ。」

ピンクや白、紫の彩りのきれいな花束をマナミが遠慮しつつも受け取ると、彼はようやく肩の荷が下りたと安堵した表情を浮かべた。

「素晴らしいお式でしたわ。
 アヤちゃんが天使みたいに美しくて。
 イケザキさんも立派なお兄さまに見えました。」

「おやおや、僕はいつも立派なつもりですけどね。」

からかい半分にサトシがマナミの言葉尻を捕らえると、

「いつも以上に立派でしたと言いたかったんです。」

と、あわてて彼女が言い直した。そして二人は同時に笑った。

「これからもアヤの相談相手になってやってくれませんか。」

「もちろん。私は明るいアヤちゃんが大好きですから。」

マナミが快く応じると、サトシは、

「これで僕も安心して出国できますよ。」

と、遠くに目をやりながら呟いた。

「ではいよいよ?」

「ええ、正式に辞令が出ましてね、
 あさっての朝、立ちます。」

それを聞くと、マナミの感動で熱くなっていた胸の内をひんやりとした風が吹いたかのようで、花束を抱きかかえたまま浮かない表情をした。

サトシは不意に腕時計で時刻を確かめると、

「今からマヤマさんのバーに行きませんか。
 いつもより早い時間ですが、
 Da Mayamaに行くのも今夜で最後になりますから。」

と誘った。初めてサトシを偶然見かけたのはDa Mayamaの前であり、最後になるのも同じバーだと思うと、あの場所はトウコだけでなく、マナミたちにとっても思い入れの深い居場所だ。マナミは頷いて彼とともに歩き始めた。

まだ陽のある時間にバーを訪れるのは初めてだった。マスターのマヤマが相変わらずの穏やかな物腰と優しい笑みで彼らを迎えた。

「そうでしたか、あさってにはあちらに。
 寂しくなりますね。」

サトシから海外赴任の話を聞いたマヤマが残念そうに言った。もっと残念がっていたのは若いバーテンダーだった。マヤマが入院して、一人切り盛りしていた彼を励ました客の一人がサトシだったからだ。

店内にはまだ開店してまもないこともあり、客はサトシとマナミの他にはいなかった。そのせいなのか、あるいは、アヤの結婚式を終えて気が楽になったせいなのか、珍しくサトシは饒舌に話した。

「海外事業所への赴任は、
 社長である伯父とずいぶん前から約束していたことでしてね。
 伯父は僕に様々な修業の場を与えてくれてますよ。

 伯父のもとに引き取られてからも甘やかされたことはない。
 お手伝いさんもいましたが、一人で賄えるようにと
 家事も一通りできるようにさせられました。
 礼儀作法も仕込まれました。

 その代り、学業は思いきりさせてもらって、
 費用の心配は何一つなかった。
 その恩義に報いなければいけない。」

サトシはいつものようにテキーラトニックを注文していた。マナミもいつものカンパリソーダだ。二人は乾杯した。 

「偏屈で変わり者の伯父ですが、
 アヤのために結婚祝いはたんまりくれましたよ。
 おかげでそれなりに恥ずかしくない式を挙げられたわけです。」

妹の結婚報告をしたとき、サトシの伯父は後々面倒があっては困るという言い方をして、手切れ金とでも言わんばかりに大枚をサトシに持たせたのだ。金ほど頼りになるものはないというのが伯父の口癖だが、サトシはさほど伯父が冷血漢とは思っていない。ゆえに伯父への義理は果たしたいと考えているのだった。

「伯父様はイケザキさんにいずれは
 会社を任せるおつもりなのですか。」

「そのようですね。」

サトシは他人事のように答えた。

「だけど、世襲で会社を継げるほど、
 今の時代は甘くない。
 他の役員たちが黙っちゃいないでしょう。
 まぁそのために、僕に実力をつけさせようと
 伯父は躍起になってるんでしょうが。

 それでも伯父が望むのなら、
 僕はただ従うだけです。」

今まで断片的にしか聞かれなかったサトシの伯父について、マナミは、彼にとっては父的存在なのだとわかった。父親らしい振る舞いをしなかった実の父をサトシは蔑んでいたが、変わり者ながらも伯父の教えには学ぶところが多いらしい。

「イケザキさんは亡くなったお父様のことを
 本当に好きではないんですか。」

サトシに何度も同じことを言わせると叱られるかもしれないのを覚悟して尋ねてみた。彼は口にグラスを持っていきかけて止め、マナミの顔をまじまじと見つめた。表情から彼女の真意を汲み取ろうとしているかのようだ。

「好きだったことはないですね。
 そこが妹と僕とでは違います。
 親子というより、同じ男として、
 父を尊敬できなかった。

 しかし・・・あなたは、僕に、
 実は父に感謝していると言わせたいんですか。」

サトシは怪しむような顔をして逆にマナミに訊いてきた。

「いいえ、そんな。
 でも、私、イケザキさんは自身の気持ちを
 隠しているんじゃないかと思って。」

「隠してますかね、僕は?」

「だって、見てればわかりますわ。
 口が悪くて横柄な態度をとりながらも、
 あなたのやってることは善意で溢れてますもの。」

マナミはくすくす笑った。まいったなぁと呟いてサトシも苦笑いした。

「善意なんてそんなものありゃしませんよ。」

「ほら、そんなふうに悪ぶって見せたがる。
 
 あなたは以前、お父様のことを、
 憎む価値もないと仰ってましたけど、
 憎むほどには嫌いになれないという意味ではないんですか?」

目を細めて凝視してくるサトシを見返すように、マナミも彼の顔に焦点を定めて強気で問いかけた。

「嫌いですよ。

 だが、あんなどうしようもない父でも、
 人間らしい愛情は、実の母よりはあったのは認めます。
 虐待されたわけでもなく、手元において、
 育ててはくれましたからね。

 そうですね。あなたのご意見に折れますよ。
 好きとか嫌いを超えて、父への情はあったと思います。」

やけくそ気味に言うと、サトシは途中で止めていたグラスを口元に持っていき、グイッと傾けて喉に液体を押し込んだ。飲み込む音と、グラスの中の氷のぶつかる音が同時に聞こえた。

「悔しいな。
 こんな風にまっすぐに物を言われるのは。」

今度は皮肉そうな笑みを浮かべてマナミを睨んだ。マナミもカンパリソーダを一口飲むと、彼に負けまいとして、

「私のほうがあなたよりずっと年上なんですからね。
 少しくらい偉そうにしたっていいでしょう?」

と、わざと顎を突き上げて言い放った。アヤの結婚式で晴れ晴れとした気持ちになっているせいか、いつもよりマナミは開放的になっていた。そんな彼女の変化をサトシは面白がった。

「年齢が気になりますか。」

「そりゃあ、私もうすぐ40歳になるんですもの。
 あら、いやだわ、年齢の話なんて。」

「あなたが言い出したんですよ。
 僕だって31歳です。
 マナミ先生とは8歳違いですが、
 気になるほどの差じゃないでしょう?」

「だって、私が小学2年生のときに、
 あなたが生まれたんでしょ。
 全然違うじゃないの。」

「この先、年を取れば、
 80歳のあなたに、72歳の僕・・・。
 大して違わないじゃないですか。」

「そんなに長く生きてるかしら。」

「女性の平均寿命はもっと長いんですよ。」

「ああ、やめて、年の話なんて。」

「だから、年の話はあなたから先に出たんじゃないですか。」

サトシとマナミは他愛のないことを言い合って、いつしかそれこそ年齢の隔たりを感じさせないほどに和んでいた。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/06/17 07:45 ] 『もの憂げな三日月』 | TB(-) | CM(-)