水色書架

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もの憂げな三日月 (77)

マナミはユキエから連絡を受けた。姑と正面からぶつかったこと、テツジと話し合ったこと、それからお導きノ会についてと、ユキエなりに考えて起こした行動を洗いざらい前妻に報告してきたのだ。律儀な女だとマナミは笑った。恨みを感じてもよいはずなのに、ユキエを憎めないのが今まで不思議だったが、何となくなぜ嫌いになれないのかわかってきた。彼女は自分に正直で、いつまでもわだかまりを貯めこんでおけないのだ。ゆえに行動的だった。そこがマナミとは違う部分であり、羨ましいところでもあった。

お導きノ会を結局は辞めなかったというその理由を尋ねてみると、ユキエからは、

「マナミさんは、本当に私やアンズのことを
 心配してくださってるんですよね。」

と返ってきた。戸惑いながらもそうだとマナミが答えると、ユキエは巫女の弟子にはからずも霊視してもらったこと、そして、言い当てられた実感があったと言った。

「その若い巫女さんは、大きな鳥が飛んでいるのが
 霊視の間ずっと見えていたと仰ってたんです。
 マナミさんに、関わりのあることなんでしょうか?」

ユキエが何気なく尋ねると、マナミは驚いて暫し無言になった。それは海の見えるカフェの窓から見えた大きな鳥、あるいは、マナミの心中にある怪鳥グライフの幻影かもしれない。若い巫女は、その場にいないマナミのさらに内奥の部分まで霊視したというのか。マナミは心臓の鼓動を速めながらも、ユキエには思い当たることはないと嘘をついた。

「あの会にも、教祖様や巫女様には、なんの興味もないです。
 でも、弟子の巫女さんとは私には合いそうな気がして。
 辞めるのはもう少し後でもいいかと思ったんです。」

と、ユキエは辞めない理由を話した。

巫女の弟子の存在は、マナミは知らない。なにせあの会に行ったのは昔で、ただ一度きりだ。だが、マナミにはもう関係のないことで、タカノ家の姑と余計な衝突を避けるためにはそれもいいかもしれないと述べるにとどめて、電話を切った。今後ユキエはユキエの本領を発揮するだろうし、マナミがわざわざ干渉する必要は徐々になくなるのも確実だろう。

しばらく遠のいていたバーDa Mayamaでトウコと会う約束をしていたマナミは、時間を見計らって家を出た。マスターのマヤマは退院後、しばらく自宅療養していたが、ようやく店に復帰したのである。食事制限はまだ続けているらしく、以前よりすっかり細身になってしまったが、人を和ませる優しい雰囲気は少しも変わっていないのが、Da Mayamaに通ってくる常連たちを安心させた。

「シバタ様にもお世話になりまして、
 ありがとうございました。」

慇懃に、しかし少しも堅苦しくなく、マヤマがマナミに礼を述べた。シバタとは、マナミが離婚してから旧姓に戻した名である。多くの客が通っているうちの一人にすぎないのに、マヤマはきちんと覚えている。客商売なのだから当然ですと彼は笑った。

トウコはマナミに、教えてもらったレシピの通りに彼に食事を作っていたら、彼女自身もスリムになったと冗談を言ったが、マヤマの快復を誰よりも喜び、親友に感謝しているのだった。マナミのほうこそ、どれだけトウコを頼りにしてきたか考えれば、こんなことくらい大したことではなかった。何にせよ、二人にとってもDa Mayamaは大切な居場所であり、マヤマがいてこそのバーだ。訪れる客もマヤマの姿を見て、誰もが全快を祝う。若い見習いバーテンダーも常連たちのおかげで鍛えられ、一回り成長したようだった。

「私がいないほうが彼のためにはよかったようですね。」

マスターにそう言われて、若いバーテンダーは恐縮してかぶりを振ったが、

「彼ががんばってくれていたおかげで、
 Da Mayamaは続けられるんですから。」

と、後輩の肩をポンとたたき、マヤマは労いと感謝の言葉を改めて伝えた。

「それにあちらの方にも、
 若い後輩を励まして頂いていたようです。」

静かな声で話すマヤマの視線は一番奥の、カウンター席ではなくテーブル席についている二人の男のうちの一人に向けられた。マナミたちが気づかなかったのも無理はない。背を向けて座っている男はイケザキサトシだった。今夜は同僚らしき人物と一緒にいる。

連れの男がマヤマやカウンターにいる女性たちが注目しているのをサトシに囁いて教えているのか、ふとサトシが振り返った。マヤマが会釈をし、サトシも儀礼的に頭を軽く下げた。

「今日はいつもの曜日じゃないのに?」

マナミがこっそり呟くと、

「お一人でいらっしゃるとき以外は、
 曜日は特に決まっておりませんので。」

とマヤマが答えた。

連れがいるのではマナミやトウコたちのところには彼はやってこないだろう。それにしても、サトシを見かけるのはマナミには久しぶりのことであった。彼らは仕事の話でもしているのであろうか、酒を楽しんでいるという雰囲気ではなく、カクテルをそっちのけに話し込んでいるといった様子だ。アヤの兄として知っている彼とは別の側面を見る思いでマナミは彼から目が離せなかった。

不意にトウコの呼ぶ声が聞こえて、マナミがあわてて親友に向き直った。サトシのことでまたからかわれるのではないかと取り繕おうとしたが、いつになくトウコが真剣な顔をしていたため、何事かと身構えた。

「マナミ、私ね、
 籍を入れたの。」

「籍・・・って。
 まさかトウコ、結婚したってことなの?」

俄かに言われた言葉の意味をどうにか咀嚼した後、マナミはトウコの結婚の相手が誰なのか気になった。今さっき視線を送ったサトシが咄嗟に頭に浮かんだ。と同時に、動揺もした。

「突然、いったい・・・、
 あなたたちは、いつ、どうやって・・・。」

何を口走っているのかマナミ自身にもわからなかった。

「そうよ、突然だったの。
 今までどうして気づかなかったのかしら。
 彼に異変が起きるまで、わからなかった。」

「異変?」

「いやねぇ、マナミもわかってるでしょ?
 彼が倒れてからというもの、
 どれだけ私が献身的だったか。」

照れくさそうにしながらトウコは苦笑いした。どうにもちぐはぐなやりとりになってやっとマナミは気がついた。

「あ、マヤマさんと・・・。」

「他に誰がいるっていうの。」

サトシのことかと勘違いしていたマナミは恥ずかしかったが、それは黙って、すぐに祝いの言葉を述べ、目の前のマヤマにも祝福した。

「じゃあトウコ、
 マヤマさんのご自宅に通っている間に、
 結婚を決めたというの?」

「そうよ。
 最初は長年の付き合いだからと割り切っていたつもりだったの。
 でもね、それは偽りの名目だとある日突然気づいたわけ。

 私は彼なしで生きてなんかいけない。
 彼がいない世界に何の興味も生きがいもないわ。」

トウコはやや頬を上気させて、情熱的に語った。仕事で飛び回っている彼女にとって、いつもの場所にいつもの優しさで迎えてくれるマヤマが心の拠り所だったのだと。

「不思議ねぇ。
 私は今まで怖いもの知らずだったのに、
 マヤマさんが店で倒れて、病院に搬送されたと聞いたとき、
 怖くて震えたのよ。
 彼が死んじゃうんじゃないかと思って鳥肌が立った。」

マヤマは今、他の客の相手をしていた。どの客からも復帰を喜ぶ声が聞かれる。モスコミュールを一口飲んでから、トウコは続けた。

「ほんとによかったわ、彼の命に別状がなくて。

 だけど、それほど驚愕した理由は、
 本当に客としての長い付き合いのせいだけなのかと、
 マヤマさんのお見舞いをしている間中、
 自問自答してみたの。

 彼が退院してからも、自宅に押しかけて、
 マナミの教えてくれたレシピの料理を食べてもらって、
 何気ない平凡な話をして、
 そんなことがとても幸せだった。

 これが真実、愛する気持ちなのだとわかったわ。

 マヤマさんには駆け引きなんて通用しない。
 飾り立てた言葉も嘘も見抜かれてしまうんだもの。

 ねぇ、マナミ、私はあなたにはあまり話してないけど、
 たくさんの恋をしてきたつもりよ。

 なのにねぇ、この私が恋に臆病になるなんて。
 マヤマさんのことが心底好きだとわかったら、
 嫌われることを恐れるようになったのよ。」

トウコはマヤマの姿を目で追った。客と店主の間柄をここでは保とうとしているが、自然と彼女の眼差しには熱っぽさが混じっていた。

「それでどうしたの?
 告白したの?」

マヤマがDa Mayamaを休んでいる間は長く感じたが、トウコが結婚を決めるにはずいぶん短期間だ。ましてやもう籍を入れたというのだ。感情を表に出すのを見たことがないほどいつも穏やかな彼にどうやって結婚を承諾させたのか、マナミは興味津々だった。

「普通に告白したとしても、
 拒否の返事を聞くのが怖くて、
 逆に強気に出ちゃった。

 『マヤマさんの押しかけ女房になる!』
 って、宣言したの。」

トウコは自分が言ったことがさも面白そうに笑って告げた。マナミはむしろ呆れた。

「いきなり?
 彼の過去とか、好きな女性がいるかどうかとか、
 トウコは気にならなかったの?」

「気にしてたら、そんな無茶な宣言はしないわよ。
 口をついて出ちゃったんだもの、しょうがないじゃない。
 出たとこ勝負よ。」

そしてまたトウコはケラケラと声を立てて笑った。

トウコが押しかけ女房になるとマヤマに言ったとき、彼は冗談だと受け流したりはしなかった。それこそ長い付き合いなのだ。彼女の上辺だけの話ぶりと、素直に吐露するときとの違いをマヤマはよく知っている。彼はこう答えたのだ。

「あなたが押しかけ女房になってくださるなら、
 この上なく光栄です。」

マナミはまたもや呆気にとられた。バーでのマスターと客としての会話とどう変わりがあるのだろうかと。

「わかるわよ。
 彼はこんなとき、下手なお愛想は言わないの。
 拒否するときはサラッとかわしてしまうタイプだもの。
 受け止めてもらえたんだと私はうれしかったわ。
 小娘みたいに、飛び上がって喜んだ。」

以前マヤマに、不倫の恋をしているとトウコが打ち明け、結婚の意味が何かわからないと話したとき、彼はトウコにはトウコのオリジナルの生き様があるはずだと話した。どういうことなのか彼女には漠然としかわからなかったが、マヤマへの気持ちに気づいて理解した。

自由に、枠にとらわれず生きてきたつもりだったが、結局、トウコは型どおりの結婚を斜に構えながらも意識していたのだ。マヤマは結婚がただの婚姻契約ではなく、ライフスタイルの一つだと言いたかったのだろう。

「”結婚”というラベルがついていても、
 その中身は味わってみなければわかりません。
 また味わう人に偏見があれば、
 その真価を見極めることはできないでしょう。」

マヤマは自宅の冷蔵庫に収められている、産地がそれぞれ違った湧水の瓶を手に取って、トウコにそんな例え話を聞かせたのだった。籍を入れるかどうかの話に及んだ時、トウコには何の躊躇いもなかった。

「後にも先にもこれが人生で一度の結婚と思っているの。
 マヤマさんじゃなくちゃ、
 婚姻契約なんか誰とも結ぶつもりはないから。」

マナミにトウコがそう話したとき、こちらに振り返ったマヤマと見交わす笑顔は眩しいほどだった。


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※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/06/02 07:35 ] 『もの憂げな三日月』 | TB(-) | CM(-)