水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
はじめに
次の小説を構想中です。しばしお待ちを…。

TOPページではブログ仕様で、新着記事順ですが、
【作品リスト】から小説タイトルをお選び頂くと、順を追ってお読み頂けます。
1章ごと《続きを読む》から本文全文をお読み下さい。
【作品のご案内】 ← 作品のあらすじ等は、こちらをご参照下さい。
尚、当ブログ作品の無断使用・転載は禁止しております。

もの憂げな三日月 (76)

マルヤマ夫人から出がけにもらった漬物を冷蔵庫に入れるために、いったんは母屋に戻ってから、お導きノ会のある場所に向かったユキエは、すでにシズカが会に出向き、お祓いの申し入れをしていることは予想していた。姑とあの場で会うことは避けたかったが、かといって、姑から逃げているわけにはいかなかった。こうと思ったことはすぐにでも動かないと気が済まない性質なのだ。

ユキエが到着したときには、常連の信者たちがお導きノ会に集っていて、ちょうどシズカは巫女様に相談している最中であった。来訪者に気づいてちらりとユキエのほうを見たが、また巫女様に向き直り、長々と事情を話してお祓いを頼んでいるのだろう。

それを無視してユキエは教祖を探した。直に退会の話をするつもりだったからだが、見当たらない。巫女様の弟子をしている若い見習いの巫女が、榊を載せた三方を神前に置いて退出してくる。そこで彼女に尋ねることにした。若い巫女はユキエとそう年回りは違わないようだ。アンズを見かけて、さきほどまで恭しい表情をしていた彼女が相好を崩し、すぐにユキエの近くまでやってきた。

そして、ユキエが口を開く前に巫女の弟子が、

「今日は教祖様はここにはいらっしゃいませんよ。
 新築を予定されている信者さんのお宅へ
 御祈祷に行かれてますから。」

と、耳打ちするように小声で告げた。どうしてユキエが尋ねようとしたことがわかったのか、不思議に思って目を丸くした。

「今さっき、タカノさんが師匠に、
 あなたが生霊に惑わされて会を辞めようとしていると
 お悩みを話しているのが聞こえたものですから、
 教祖様に御用があるだろうと思ったんです。」

アンズをユキエから受け取って抱き上げながら、若い巫女がにこやかに言った。辞めようとしているユキエを止めるのが普通なのに、まるで他人事のようだ。ともかく、教祖は今日はいないのだと思うと、せっかく退会を告げる勇気を奮って勢い込んでいたユキエの気持ちが萎えてしまいそうだった。

若い巫女はお菓子があるからとアンズを抱いたまま、別室にユキエを誘った。ユキエも、師匠と呼ばれている巫女様と姑の傍から離れていたくて、素直に若い巫女についていった。

二間続きの広々とした先ほどの部屋とは違って、台所と隣り合わせになっている6畳ほどの狭い部屋に案内された。お茶の用意をするための部屋なのであろう。

若い巫女はクッキーをいくつか皿に載せて差し出すと、アンズの小さな手がクッキーをつまみ口元へと運んでいく。信者からの差し入れだと彼女はユキエにも勧めた。

「あのう・・・。」

会を辞めるかもしれないというのに引き止めるそぶりもしない巫女の弟子に、ユキエは思い切って疑問に思っていたことを尋ねてみた。

「うちの義母が私に生霊がついていると決めつけているんです。
 ほんとなんでしょうか?」

すると、巫女の弟子は首を振って、

「思い込みの激しい信者さんが多いんですよね。
 自分にとって都合の悪いことを霊のせいにしたがる。
 安易になんでも霊のせいにしていると、
 かえって具合の悪いことになるんですけどね。」

と、はなから問題にもしていない様子だった。それを聞いてユキエはやはりシズカの独り合点だったかと安心した。ついでに確認しておきたいことがあった。

「でも、じゃあ、私は後妻なんですけど、
 前の奥さんが私に恨みを抱いてるとか、
 タカノ家に執着が残っているとか、
 そういうことはあるんでしょうか。」

そう尋ねた後で、詳細な相談はきちんと依頼して寄進しなければ答えてくれないことになっていたのを思い出した。はたして答えてくれるだろうかと訝しんでいると、巫女は両の手にクッキーをとって頬張っているアンズを愛しそうに眺めていたが、少し考え深げになった。それから今度はユキエの背後を澄んだ瞳で凝視した。2,3分くらいそうしていただろうか。

「ああ・・・、なるほどね。」

若い巫女はどうやら霊視している最中らしい。ドキドキしながら落ち着かないふうでユキエは彼女の次の言葉を待った。しばらくして、今度はユキエの真正面を見て巫女が告げた。

「だって、前の奥様はあなたの味方をしてくださってますよね?
 何くれとなくあなたにアドバイスしてらっしゃるんでしょう?

 前の奥様は、恨みじゃなくて、
 あなたやアンズちゃんの行く末を案じてらっしゃいますね。
 後妻に入った家でうまく暮らしていけるか・・・と。

 タカノの奥様は個性が強くていらっしゃるからと
 ご心配なさってるみたいですね。

 ただ、大きな鳥が羽ばたいているのも同時に見えて、
 これは何の意味か、私にもちょっとわかりかねますが。」

目にうつるものを次々と読み取ってでもいるのだろうか、霊視というものを初めて目にしたユキエは衝撃を受けた。前妻のマナミとユキエが繋がりを持っていることは誰にも言っていない。夫のテツジにすらはっきりと教えていないのだ。それを巫女は、ユキエの味方をしていると言い当てている上に、ユキエが知らないマナミの思いまで汲み取っている。

「あの・・・、夫は・・・テツジさんは・・・、
 どうなんでしょうか。
 前の奥様のことをまだ・・・。」

ユキエは不安そうに口ごもりながら訊いてみたが、それには巫女は、

「まだ前の奥様に気持ちを残しているってことですか?
 だとしても、あなた次第で変わっていくのではないでしょうか。」

と、霊視という形ではなく、一般的な人生相談のように忠告した。奇しくもマナミと同じ忠告だ。

その後、巫女はにこやかな表情に戻って、彼女の緋袴にまとわりついているアンズのほうを向き相手をし始めた。よほど子どもが好きなのだろう。まるで保育士のように上手に遊んでやっている。

ある意味、天声お導きノ会にあって、この若い巫女のようなタイプは珍しかった。教祖も師匠の巫女様も、信者たちも皆、勿体ぶったほどに厳かな雰囲気をたたえているのに、目の前の弟子巫女にはそういったところがない。もし緋袴姿でなく普通のファッションをしていれば、街のカフェで屈託なくお喋りしている女性と変わりなさそうだ。

「いいですねぇ、幼い子どもは。
 邪気がなくて、私のほうが清められていく思いです。」

目を細めながら巫女がアンズのやわらかい髪を撫でて言った。

「私、確かに、お導きノ会を辞めるつもりで、
 今日ここに伺ったんです。
 水晶のお守りをお返ししようと。」

おずおずとユキエは巫女に告白した。



嫁のユキエと昨夜話し合ったことを思い起こしながらテツジは自宅の表門の中に入った。昨日の様子から見ても、ユキエがシズカに折れることはないだろう。彼の母親も若輩者は年長者の言うことをきくのが当然と日頃から考えているだけに、嫁と姑が相容れず、険悪な状態にあるのを思うと帰宅するのが億劫だった。

母屋に先に顔を出すべきか、離れにまっすぐ帰るべきか、母親か嫁か、ずっと頭を悩ませていた。手にはシズカが好物としている栗饅頭と、アンズやユキエが好きなロールケーキとが入ったそれぞれの紙袋を提げている。二人のご機嫌伺いのためにと用意したのだが、お菓子くらいで誤魔化せそうにない。

母屋のほうからは大きな話し声が聞こえてきた。姉のサヨコが来ているらしい。とにかくテツジは母屋に先に行くことにした。中に入り、女二人がいる場所に近づくにつれ、サヨコの声に悲壮感が漂っているのがわかってきた。何事かあったようだとテツジはうんざりした。妹のカナコはどちらかといえば奔放で、泣き言を言わないタイプだったため、テツジには妹のほうが付き合いやすかったが、サヨコは昔から大騒ぎする性質で、母親のシズカによく似ていて、他人をも振り回すのが厄介だった。

テツジが帰宅したのを知ると、シズカは息子を大層に出迎え、サヨコは息子を甘やかす母親に皮肉な目つきをしたが、それどころじゃないと彼を巻き込んで、何があったかを話すのだった。くどくどと回りくどい話しぶりに、テツジはネクタイをほどきながら聞くともなしに聞いてみると、サヨコの夫リョウタロウが株で損失を出したのだが、それがのっぴきならない額だったことがわかったというのだ。初めは何とかなる程度のものだったのをさらに増やしてしまったのだ。

サヨコはひどいだの、離婚するだの、子どもたちの学校をどうしたらいいのかだの、ヒステリックなほど泣き叫んでいた。しかし、よくよく聞けば、サヨコの化粧品の営業もうまくいってないらしく、顧客が減ってきているという。利益率の高い美容器具もなかなか売れない、売っても気に入らなかったと返品される。あてがわれているノルマが達成できないだけに不安だと嘆くのである。

「巫女様にお伺いを立てたらいいんじゃないか。」

テツジは面倒臭そうに姉に一言だけ投げかけた。それが余計に火をつけることになる。当然そんなことはやっているが、今は我慢のしどころと言われるだけで進展がないとさらに喚くのだった。母親に和菓子を渡すと、テツジはさっさとユキエがいる離れに戻ることにした。

 それにしても母さんからユキエのことは
 一言も出なかったな。

いくらサヨコ一家の騒動があったとはいえ、それに加えてユキエの悪口が出そうなものだったが、口の端にも上らなかったのは奇妙ながらもありがたかった。

そのユキエの機嫌はどうなっているであろうと、テツジは気合を入れて離れの玄関の扉を開けるまでに時間がかかった。しかし、ユキエのほうも意外に昨日よりずっと明るい声で彼を出迎えた。アンズもユキエの後からひょこひょこと歩いてきて、パパを見つけるや抱っこをせがむ。カバンと紙袋を置いて、靴も脱がずにアンズを抱き上げた。

ユキエは紙袋のお菓子を見つけるとうれしそうにはしゃいだ。

「今日、辞めてきたのか。」

妻の顔色を窺いながら、おそるおそるテツジは尋ねた。すると、

「やめたわ。
 辞めるのをやめたの。」

と、さっぱりした笑顔でユキエが答えた。

「退会しなかった・・・ってこと?
 それで君はいいのかい?」

昨夜は完全に退会する気でいたはずの彼女が、いったいどういう心境の変化があったのかとテツジは唖然とした。ユキエは頷くと、テツジのカバンと紙袋を手に奥に入り、テツジもアンズを抱いたまま、妻の後をついていった。

「お弟子さんの巫女さんとお話しして、
 少し気持ちが晴れたの。
 辞めるのは今でなくてもいいかもと思って。

 お義母さんにも辞めないことにしたと伝えたら、
 急に機嫌が良くなってね。」

そうユキエが話すのを聞いて、それでシズカは今夜、嫁の悪口を言わなかったのだと納得できた。

「でも、私は私らしく暮らすことはやめないわよ。
 女中扱いされたくないもの。
 だから・・・たぶん、テツジさんに、
 これからもやきもきさせると思う。」

ユキエは真剣な顔でテツジに宣告した。同居している以上、夫にも覚悟せよと迫っているのだ。少なくとも今夜だけは平和におさまったことをテツジは感謝していた。明日は明日でまた別の何かが起きるのだろう。嫁姑だけじゃなく、今夜のようにサヨコや、あるいはカナコが何事か面倒を持ち込んでくるかもしれない。

「わかったよ。
 アンズがいれば、僕は幸せだ。」

深く先のことを悩まないテツジは楽天的に物事を考え、ユキエや母親の機嫌がいいならそれで満足だった。ユキエはそうではない。お導きノ会にどれだけ寄進しているのか把握する必要があったし、子育てやアンズの先々の教育資金を貯めておきたかった。そのためには、テツジの給料も押さえている姑とこれからもぶつかるだろうことは簡単に予測できた。決して姑の言いなりばかりにはならないと、ユキエは心に誓っているのだった。



 人気ブログランキングへ ←クリックして頂くと励みになります♪ 

※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/05/28 07:40 ] 『もの憂げな三日月』 | TB(-) | CM(-)