水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
はじめに
次の小説を構想中です。しばしお待ちを…。

TOPページではブログ仕様で、新着記事順ですが、
【作品リスト】から小説タイトルをお選び頂くと、順を追ってお読み頂けます。
1章ごと《続きを読む》から本文全文をお読み下さい。
【作品のご案内】 ← 作品のあらすじ等は、こちらをご参照下さい。
尚、当ブログ作品の無断使用・転載は禁止しております。

もの憂げな三日月 (71)

うららかな日差しの中、高原に向って走る軽自動車には、車を運転するマナミと助手席にトウコ、後部座席にユキエとアンズが乗っていた。アンズはチャイルドシートにおとなしく座り、窓の外を面白そうに眺めている。気分転換にピクニックに出かけないかとマナミが声をかけ、二人とも喜んで同意した。いつのまにか奇妙な関係の3人が集うのは不自然に感じなくなってきた。

「チャイルドシートを用意してくださるなんて、
 ほんとうにすみません。」

ユキエが運転しているマナミに向って礼を言うと、

「レンタルだから気にしないで。
 今は何でも借りられちゃうのねぇ。」

と、初めてマナミに招かれて訪れたマンションの部屋に、アンズを寝かせやすいようマットを用意してあったことといい、今回も当然のことだと事もなげにマナミが答えた。

「なかなか居心地のいい車じゃないの。
 でもまたどうして車を買おうと思ったの?」

今度はトウコが尋ねてきた。マナミの仕事場であるスポーツジムはターミナル駅の近くで交通の便が良いところにある。車を使うほうが寧ろ渋滞に巻き込まれやすく不便だったため、トウコは不思議に思ったのだ。

マナミが車を買ったのには訳があった。実家の父親が腰を悪くし、通院する頻度が増えたため、タクシーを使うよりもマナミが病院へ送り迎えすることに決めたのだ。

「両親も年老いてきているでしょ。
 今回に限らず、これからも送り迎えするのに
 便利だと思って。
 弟も仕事があるし、義理の妹は子育てで手一杯だしね。
 免許もあるのに、運転しないと腕もなまっちゃうから
 ちょうどいいわ。」

そう言いながら、マナミは弟嫁のことを頭に浮かべていた。実家に近いところに住んでいる弟夫婦には3人の子どもがおり、マナミにとってはうらやましいほどだったが、弟嫁はまだ幼い3人目を保育所に預けて働きに出ていて、実家のほうにもしょっちゅう顔をのぞかせている。

マナミの母は弟嫁の気に入らない部分をこぼしたりしているが、マナミから見れば、3人の子育てと仕事をこなして、夫の親をも気にかけてくれる申し分のない嫁だと感謝していた。

離婚して一人になってからはタカノ家に縛られることもないマナミも、たまには実家に顔を出すが、弟嫁にすれば自分が小姑だということを自覚していて遠慮があった。しかし、父親が腰を悪くしてからは、母や弟嫁ばかりに世話をかけるわけにもいかない。

弟からも嫁が弱音を吐いていると耳にしたのをきっかけに、マナミは思い切って、弟嫁に父の病院への付き添いを申し出たのである。今は独身に戻り自由になった身では、大家族を抱える弟嫁に負い目もあったからだ。

「トウコのほうはどうしてるの?
 お母さまお一人でいらっしゃるんでしょ?」

滅多にトウコの家のことを聞いたことはないが、似たような年回りの親を持つ身であれば気になった。

「私もたまには様子を見に行くし、電話もしてるわ。
 そっけないものよ。私の母は。
 あまり長く話してると喧嘩になるし、
 元気そうなのがわかったらそれでいいの。」

トウコが淡々と言ったが、それはいつもの朗らかな彼女らしくない捨て鉢な話し方だ。家庭の話は親友といえども突っ込んで聞くには躊躇いがある。ただマナミが知っているのは、いわゆるセレブな家庭で育ちながら、トウコは自立の道を選んだということだ。

「母とは結婚話で衝突するの。
 私の行く末を心配しているんじゃないわ。
 体面よ。
 
 母は趣味の会を幾つも持っているから、
 ちやほやする友人達が多いし、淋しいことはないけど、
 娘の話に及ぶと、未だに独身で格好が悪いと言うのよ。
 母の世間話のついでに結婚するつもりなんてさらさらないわ。」

嘲笑してトウコが言った。今度は後ろからユキエが話しかけた。

「一生独身を通すつもりなんですか?」

「決めてるわけじゃないけど、
 このままだとそうなるわねぇ。」

「結婚したいと思ったことは全然ないんですか?」

重ねて尋ねるユキエをバックミラー越しに見て、トウコの生き方に興味津々らしいとマナミは感じた。

「結婚って・・・何をすればいいのか、
 私にはわからないのよ。」

言葉少なの返答なのに、ユキエは、ああと声を洩らして納得したようだ。一線で活躍する美貌のキャリアウーマンというトウコへのイメージは、庭の植木の枝を刈り取るのや、水道の蛇口のパッキンを修理するのなどから、到底かけ離れたものであり、彼女の美しく磨かれた爪と傷一つない指や手が油まみれのコンロを掃除するのを想像できなかったせいだ。

トウコはその後、フロントガラスのずっと遠くをぼんやりと眺めながら少しばかり考えに耽って黙った。マナミは逆にユキエに尋ねた。

「ユキエさんはどうなの?
 結婚願望があったほう?」

突然、前妻からこう聞かれることに、ユキエには戸惑いがあった。テツジを奪い合ったのだから当然だが、マナミのほうではもう過去のものと割り切って、寧ろ、ユキエを仲間として尋ねてみたかったのである。

「私は、願望は強かったです。
 姉が、早くに結婚したので、
 私も憧れが膨らんで・・・。」

「お姉さんがいらっしゃるの?」

「はい。
 姉は私と違って、頭も良くて、
 留学したときに今の旦那さんと知り合って、
 海外で優雅な結婚生活を送ってます。」

ユキエは落ち着きなさげにアンズに構っていたが、マナミは”姉の優雅な結婚生活”という点に引っかかった。兄弟姉妹には時として競い合う気持ちが生まれるものだし、親も比較しがちだ。ひょっとすると、ユキエは姉に負けたくないと考えて結婚を焦っていたのかもしれないと推測した。初対面のとき、ずいぶん威圧的な態度をとっていたユキエだったが、焦りからの行動だったとも思える。

車はやがて目的地に着いた。高原にある大きな公園は見晴らしもよく、空気も清々しかった。マナミたちと同じようにピクニックに来ている人たちが大勢いて、子ども達もあちこちで走り回ってはしゃいでいる。アンズをチャイルドシートから抱き上げると、やっと体が自由になったのが嬉しいのか、幼子は身をよじって自分の足で地面を歩こうとした。

ユキエがアンズを追いかけている間に、マナミとトウコは車からそれぞれ荷物を持ち出し、車は駐車場に停めたまま、どこか適当な居場所を探してシートを敷き始めた。近くにはキャンプ場もあって、家族連れや若い人たちのグループで賑わう声が響いてきていた。

「あの子、よく休日に出て来れたわね。
 テツジさんを放ってきたのかしら?」

トウコはアンズを追い掛け回しているユキエを見ながら、マナミに小声で訊いた。

「放っておかれたのはユキエさんたちのほうね。
 今日は例のお導きノ会の行事があるの。
 ユキエさんは、あの会を辞めたいんですって。」

マナミが今回のピクニックを提案したとき、電話でユキエからそのことを打ち明けられたのだ。ユキエだけならまだしも、何も知らないアンズまで姑に言われるがまま入信させたのを後悔しているという。シズカがお導きノ会で、入信している家族を従えて鼻高々にしているだけだとわかり、シズカの操り人形でいるのに耐えられなくなってきたとユキエはこぼしていた。

「今日のことは、以前から予定があったと
 誤魔化して出てきたようね。
 もちろん、あの義母のことだから、
 宗教行事より大切な予定があるはずがないと
 息巻いていたらしいけれどね。」

「ほんとに、めんどくさい家ね、タカノ家って。」

シートに腰掛けてマナミとトウコが話していると、アンズがご機嫌な表情で、覚束ない足取りながらこちらに向ってやってきた。その後ろをユキエがついて歩いている。

「ユキエさん、あなたもお座りなさいよ。
 アンズちゃんは私が見てあげるわ。」

人見知りしない愛くるしいアンズを手招きしてトウコが立ち上がり、ユキエとバトンタッチした。日差しに照らされてアンズを追いかけていたユキエは、うっすらと汗を滲ませ、息もはずませていた。

ピクニックと聞いて楽しみにしていたらしいトウコの今日の装いは、白地に濃いブラウンのストライプが入ったシャツと生成りのチノパンというシンプルでラフなスタイルだったが、まるでファッション誌から抜け出てきたかのように、様になっている。ユキエは見とれて目で追っていると、

「鬱憤がたまってるんじゃない?」

と、マナミから唐突に言葉かけされて一瞬怯んだ。が、マナミに見透かされているのがわかって、トウコがその場からいない間に、心にしまっていたことを話そうと心に決めた。

「私、いろんな間違いをしてました。
 マナミさんには酷いことをしたと、・・・
 謝りたいとずっとずっと思ってました。」

ユキエの眼差しは真剣で嘘はない。真っ先に伝えたかったのはマナミへの謝罪の言葉だった。

「タカノ家に嫁いで、私なりにがんばってきたつもりです。
 でも、歯車が噛み合わない状態がずっと続いて、
 我慢も限界に来て・・・、
 テツジさんに愚痴を言うようになりました。

 けれど、その愚痴の中身は、
 テツジさんから聞いていたマナミさんの愚痴と
 全く同じものだと突然気づいたんです。

 彼から聞かされていたときは、
 マナミさんのことを堪え性のない、
 心の狭い奥さんだと思い込んでました。

 今になって、マナミさんの苦労が、
 心底身に沁みてわかりました。
 わかってないのは、テツジさんや、
 お義母さんたちの方なんですね。」

そうしみじみと語るユキエをどう受け止めてやればいいものか、マナミにはわからなかった。過去のことを忘れたつもりでも、騒動の渦中にあったときの悔しさは未だに蘇ってくる。ユキエが弱みを見せれば少しは溜飲も下がる、それが偽りのない彼女の本音だった。

「マナミさんはあの家に不満を持ちながら、
 どうやって暮らしてきたんですか。
 もし、私という人間が存在してなければ、
 ずっとタカノ家の若奥様でいたはずでしょう?」

ユキエが救いを求めるかのように弱々しい風で問いかけてくるのに対し、ずっとあそこでタカノの嫁であり続けることができただろうかとマナミは自問した。しばらく黙って考え込んでから、訥々と語り始めた。

「テツジが拠り所だった。
 あの人と夫婦の時間を重ねることで、
 いつかは何かが変わるんじゃないかと信じてた。
 裏切られるまで、そう信じてたわ。」

マナミを見つめるユキエの眼差しが不安そうに揺れた。

「でも、それだけじゃないわ。
 あそこで積み重ねてきた経験や、
 地域での活動で得たものが、
 若かった私を成長させたと思う。

 義姉の家族も含めて、タカノ家の人たちから、
 たとえ女中代わりにこき使われていても、
 頼られていたことは間違いないの。

 あそこの地域の人たちとの繋がりもできた。
 近所づきあいは面倒だけれど、損にはならなかったわ。

 それから、あそこでクッキング教室を開いたこともね。
 そんな地道なことが私を支えてたんだと思うの。」

考え考え、混沌としていたものをどうにか言葉に置き換えた後、マナミは目を上げてユキエを正面から見据えた。

「私は決して半端な気持ちであそこにいたんじゃないのよ。」

それがマナミの一番言っておきたかったことだ。いつだって真面目に取り組んできたと自負している。

「”隠れ場所”みたいなものを作って、
 面白おかしく愚痴を綴ってきたけど、
 ただの泣き言とは違うの。」

このとき、ユキエには、いつも不思議なほど親切にしてくれたマナミとは別の、タカノ家の前妻の真摯な素顔を垣間見た瞬間だった。そして、自分が叱られているのだと理解した。

「お導きノ会に行こうが行くまいが、
 それはあなたの考え方次第だし、好きにすればいい。
 私の真似事をしたところで、
 かえって重荷になるだけよ。
 あなたは私とは個性が違うんだから。

 タカノ家の者が勝手に前妻である私と較べようと、
 何を言ってこようと、
 あなたは自分のやり方を見つけて、
 貫き通せばいいんじゃないかしら。 

 必要とされる人間になれるかどうかは
 ユキエさん次第ね。

 私はそれ以上、あなたに助言できる立場じゃないの。
 わかるわよね?」

ユキエは眼を大きく見開いたまま、前妻の言葉に耳を傾けることに集中していた。タカノ家の妻の座を奪っておいて、助言まで求めるのはお門違いだと言いたいマナミの真意を汲み取って、さすがに恥じたらしい。やがてゆっくりと首を縦に動かし、うな垂れたのがマナミの瞳に映った。


 人気ブログランキングへ ←クリックして頂くと励みになります♪ 

※この物語に登場する人物や団体名などは架空のものであり、実在しませんのでご了承下さい。

ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2012/05/03 07:40 ] 『もの憂げな三日月』 | TB(-) | CM(-)